ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』

『君と漕ぐ ながとろ高校カヌー部』 武田綾乃

君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫)

 

新潮文庫nexより、カヌー部に入部した少女たちがそれぞれの思いを胸に漕ぎだす青春部活小説。

初めてカヌーに乗る新鮮な喜びや、誰かとペアを組むということの難しさ、結果がタイムとして如実に現れるスポーツとしての厳しさ、様々な思いが少女たちのまなざしを通して瑞々しく描かれていました。

私自身、ボートを少し経験したことがあり、カヌーとボートの似通ったところを見つけてはつい懐かしさに浸ってしまいました。最後の大会の描写に、自身の過去を思い出しては文字を追いながら息を呑んでしまう。

 

 

 

※以下、ネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

 

 

 

何といっても印象に残っているのは、誰かと組んで漕ぐことの難しさや競技に対する熱意の違いに思い悩む登場人物たちが等身大に描かれていたこと。

ボートで経験していたこともあって、作中の1+1が必ずしも2になるわけではないという描写に深く頷いてしまう。例えひとりで漕ぐのがどれだけ速いふたりが揃っても、人それぞれに漕ぎには「癖」みたいなものがあって、それが少しでもかみ合わないと思うように舟は進まない。

「自分よりも他の人とと組んだ方がきっと相手にとって良いのではないか」という疑念を抱き続ける苦しさが私には痛い程分かる。

 

だからこそ、昔からペアを組んでいた2年生の希衣と千帆が蕎麦屋でカヌーに対する思いを口にする場面では思わず泣きそうになってしまった。

ふたりがきちんと話をして前を向く希望に満ちた場面であるはずなのに、希衣が新入生の有望株である恵梨香とペアを組むというのは合理的であるはずなのに、いつか夢見た時から希衣と千帆の思いは次第にすれ違っていて、それはもう叶うことはないのかもしれないということがかなしくなってしまった。

どのスポーツでもそうだけれど、仲良く楽しくカヌーを漕いでいれば誰でも勝ち上がれるなんて生易しい世界ではないということを改めて突き付けられた。

 

 

 

 

また、マイナー競技であるがゆえにインターハイ出場するに向け、倒さなくてはいけないライバルはっきりしている中、なかなか自分たちの調子が伸びていかない描写にも思わず息苦しくなってしまった。

つい相手に対して苛立ってしまう気持ちも募る焦燥感も、そのどれもがあったからこそ、私は最後の県大会のレースの描写にとても胸が熱くなる。

勝たなくてはならない相手との距離を視界の端で捉えながら、それでもただひたすらに前を向いて漕ぎ続けるわずか数分の描写が今でも焼き付いている。

レーンの距離が近いがゆえ、相手がスパートをかけるタイミングが掛け声で分かる。

駆け引きもありながら、ただひたすらに全力を尽くしてゴールに向かって競り合う展開に痺れる。真横を向けばきっとどちらが勝っているのか詳細に分かるのだろうけれど、そんなことをすればバランスが崩れてしまう。

自分たちの舟が先にゴールラインを割るのだと信じて力強く漕ぎ続ける姿が本当に格好よかった。

 

 

 

そして主人公の舞奈が引越し先でカヌーに出会い、そこから色んな「初めて」に触れていくのが本当にきらきらと輝いていて眩しい。

不安定なカヌーを何度もひっくり返しながらも、少しずつ前に進んでいく姿に純粋に応援をしたくなる。

不慣れな土地でも明るく天真爛漫にふるまう舞奈と、人との距離を掴むのが苦手な恵梨香の1年生コンビのやり取りが本当に微笑ましい。競技にまつわる苦い描写が、私にとってある程度の現実感を伴って流れ込んでくるがゆえ、ふたりのやり取りはいい意味で肩の力が抜けるようだった。いつの間にかCMの真似をするのが、ふたりにとってささやかな特別感をもって当たり前になっていくのが好き。

今後、舞奈がレースに出場するようになった時、彼女の目にはどのように映るのかが本当に楽しみ。もちろん喜びや楽しさだけではないのかもしれないけれど、素直に色んなものを吸収していく舞奈の姿を見てみたい。