ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『フーガはユーガ』

『フーガはユーガ』 伊坂幸太郎

フーガはユーガ

 

 

誕生日に2時間おきに互いのいる場所が入れ替わってしまう双子の兄弟を描いた物語。

伊坂幸太郎作品を読んで育ったので、あらすじだけで『重力ピエロ』や『魔王』など兄弟が登場する他の伊坂作品を思い浮かべては、これは読まずにはいられないと思って。

 

 

 

※以下、ネタバレを含みます。未読の方はご注意ください

 

 

 双子の風我と優我

父親からの理不尽な暴力に対抗するかのように会得していた誕生日にのみ入れ替わることのできる能力を持つ双子。

気に食わないことがあれば暴力を振るう父親を持つという彼らの境遇はもちろん、いじめを受けている少年や虐待の様子を見せものにされている少女など、彼らの身の回りには悪意と不条理で満ちている。

 

あまりにも容赦のない残酷な行いに、読みながら思わず「もうこれ以上はやめてくれ」と祈ってしまう。

かつてだったら残酷な描写も「物語の要素のひとつ」として易々受け入れていたけれど、私の捉え方が変わったのか、特別今回の物語の描写が痛々しく響いたのか、本当に目を背けたくなるような気分だった。

 

 

だからこそ、そんな惨状を能力を駆使して彼らなりのやり方で打破していく双子が私にはとても頼もしくて。

社会規範とか道徳心とかではなく、あくまでも彼らが許せないと思うものに対して勇敢に立ち向かう姿に一層心を寄せてしまう。

 

暴力や悪意に対抗するにあたって、言葉にするでもなくお互いの考えが一致しているという信頼感が、彼らにとって何事にも代えがたい拠り所に見えた。

怖くて一人じゃやれないことも兄貴がいればやれるような気がした」というのは『重力ピエロ』に登場する人物の台詞なのだけれど、まさにこの台詞の通り、ひとりでは叶わないような困難もふたり揃えば最強なんだっていう双子の雰囲気が本当にあたたかくて。

風我も優我もキャラクターとして好きだけれど、以心伝心通じ合うふたりはもっと好き。

 

 

 

繋がる伏線、諸悪の根源との対峙

物語の佳境に向けての疾走感はすさまじくて、過去の出来事も何もかもが繋がって形を帯びていく。

息もつかせぬ展開と襲い来るかつてないピンチに、ページを捲る指先に力が入る。

 

 ――それでも、いつもみたいに双子が悪を打ちのめし、最後には軽口を互いにたたき合う姿が見られると心のどこかで思っていた。

「ふたり」がとても好きで、双子のひとりが亡くなってしまうなんて夢にも思ってなくて、優我が死んでしまうという結末に愕然としてしまった。

その結末に、読んでいたのは『ラフ』じゃなかったのかよと、あだち充の『タッチ』や『ラフ』が登場する、とある場面をとっさに思い返す。

帯の惹句に「切ない」とあったけれど、私には切ないを通り越してただただやるせない気持ちに身体の力が抜けてしまう。

 

最後の短い描写ではあるけれど、全てが終わった後でいなくなってしまった優我のことを思う風我がとても優しくて、胸がいっぱいになる。

優我の死を受け入れながらも自然体でいつまでも双子であり続ける風我に、優我がこの世からいなくなってしまったとしても本当に間違いなくふたりで最強なのだと思う。

その双子としての在り方がとてもあたたかく心に残る。

風我と優我は二人で二人。

 

 

他作品から、思いがけない再会

伊坂作品を読む中で、他の作品にも登場した人物を仄めかすような描写が時々ある。

それを見つける度にみんな同じ世界、同じ仙台の街に生きていたんだ、と嬉しい気持ちになるのですが、今回は油断していたのであまりの思いがけない再会に思わず声を上げそうになってしまいました。

 

見落としの可能性も十分あるけれど、嬉しかった思いがけない出会いはふたつ。

まずは公園で出会った双子の少年の台詞。

「ユーガって伊藤さんが話してた案山子の名前と似ている」p.195

 わ、それはユーガじゃなくてユーゴだ!!!! って本当に嬉しい再会だった。

伊藤も案山子の優午も『オーデュボンの祈り』に出てくる人(?)たちで、喋る案山子の優午の「未来は神様のレシピで決まる」って言葉を今でも日常生活の時々で思い出す。

 

ふたつ目は、p.226で出会った隻腕ボーラー。

これはきっと『砂漠』に出てきた鳥井のことで、カップルでボウリング場にいたというのも私にとって嬉しい。

「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」とサンテグジュペリの作品から引用される場面があって、本当にこの言葉も含めて『砂漠』は好きな作品。なんてことはまるでない、はずだ。

 

 

 

 

「兄弟」という題材に、久しぶりに伊坂さんの新刊を単行本で読むぞと意気込んで手に取って、「ああ、これは紛れもなく伊坂作品だ」と小気味よく思う部分もあれば、急転直下な結末に崩れ落ちそうになったり。そうかと思えば嬉しい再会もあったり。

私にとって安心して物語の世界に飛び込むことのできる作家のひとりだと改めて感じた読書でした。