ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『純真を歌え、トラヴィアータ』

『純真を歌え、トラヴィアータ』 古宮九時

純真を歌え、トラヴィアータ (メディアワークス文庫)

 

オペラを題材にした小説。

主人公は、大きな失敗がもとでプロを志しながらも歌えなくなってしまった少女。

音大を辞め、普通大学へ入学し直した彼女はそこでオペラの自主公演を行うサークルと出会う。

純粋に楽しいという気持ちから音楽と向き合う人たちの中で、同じように素直に音楽を心から楽しめたなら。

そんな思いを抱きながら、今まで目を背けていた音楽と再び向かい合う。

 

 

 

まず、主人公の椿の音楽との向き合い方が、もう本当に本当に読んでいるこっちも苦しくなるくらいで。

幼い頃に観たオペラに影響を受けて、プロを目指すものの、どれだけ必死に練習しても埋めようのない「素質」の差をまざまざ見せつけられてしまう。

苦しい練習も頑張ってやり抜いてきて、挫折を味わいながらも、音楽やオペラが好きだという椿の心境を思うとどれだけ辛いだろう、と。

好きだという気持ちに偽りはないのに、その好きには苦しみが伴う。

 

サークルの面々と触れ合いながら新鮮な驚きや楽しさを見出しながらも、その一方で「苦しさ」に関する描写が続く。

特に、「でも羽鳥、まだお前は苦しいままか?」「俺たちと一緒にやっていても、変わらないままなのか?」と問われ、涙ながらに「――苦しい、です」と答える場面が印象的で。

音楽が好きかという問いには即答で好きだと答える椿が、歌えなくなって音大を辞めながらもオペラサークルに足が向いてしまうくらいどうしようもない程に音楽とは切っても切れない彼女が、絞り出すように苦しいと言葉にする様に思わずこちらの心も締め付けられる。

 

 

 

 だからこそ、椿が歌を取り戻す場面を読んだ時は思わず鳥肌が立ってしまいました。

そして、これまたその時の描写の仕方が憎いくらい素敵で。

オペラを鑑賞していた主要登場人物ではない少女たちの「どうしたの?」「歌、わたしの後ろからも聞こえてたから」のやり取りで、私の抱いていたそれまでの重苦しい気持ちがすべて昇華される。

とにかく「良かった」という思いでいっぱいで、椿が結局プロになることはないし、ブランクによって以前の歌唱力を取り戻すのに時間がかかるかもしれないけれど、心から好きな音楽を思うように楽しむことができるようになったということが嬉しくて。

 

その後の、歌えなくなった椿に対して厳しい言葉をかけていた親友のかなみの前で歌う場面も本当に好き。

椿とは対照的にピアノの才能に恵まれたかなみは、決して出番は多くないものの、存在感は十分で。

才能の違いによって理解及ばない部分もあって言葉は鋭いものの、かなみなりに椿のことを気遣っていて、椿の歌が好きだったということがありありと伝わってくる。

すれ違いがあったからこそ、音楽の世界での将来を誓い合った親友の前で再び歌を歌うということに色んな感情を見出して胸がいっぱいになる。

 

 

 

また、作中、いくつかオペラの作品が登場するのですが、これまた簡潔に興味引く形で紹介されているので、今は実際にホールに足を運んで聴いてみたい気持ちでいっぱい。

これが彼らが披露した演目なのか、とか、これが椿がソリストを志すきっかけになった歌、だとか実際に肌で感じてみたい。

 

物語はもちろん、私の世界や興味を今まで触れてこなかったところまで押し広げてくれるという意味でも素敵な作品でした。