『教室が、ひとりになるまで』 浅倉秋成
Twitterで見かけて雰囲気が好みだと思い、手に取った作品。
いくつかの常識離れした能力が登場しながらも、あくまでもミステリの枠から外れることなく、主人公が犯人の動機を知った際の揺らぎと読後感がとてもよくて、非常に素晴らしい読書でした。
というか、「青春ミステリ」の惹句を引っ提げた小説は数あれど、これは間違いなく胸のうちをえぐりにくる小説だったので、読んでほしい。
通常であれば爽やかな後日談が語られるところで、削りにくる。
終章の章題が「悲劇の誕生」というところで、もう。
私はこの最後の章を読むためだけに、これまで読んできたのだと思うくらい、とてつもなく心掴まれたので。
あらすじ
私立北楓高校で相次いだ生徒の自殺。
自殺した生徒たちが遺したのは、「私は教室で大きな声を出しすぎました。調律される必要があります」という同じ言葉が書かれた遺書。
そんな折、垣内友弘は幼馴染の口から相次いだ生徒の死は自殺などではなく誰かに殺されたのだと聞かされる。
次は自分が殺されるのではないかと怯え、学校に来なくなってしまった幼馴染の主張に半信半疑であったものの、友弘は自身に宛てられた1通の手紙をきっかけに犯人捜しを始めることになる。
犯人は何故、どのうようにして生徒たちを死に追いやったのか。
そのすべてが明かされた後、事件が起きた教室を取り巻く実情と目を背けたくなる現実に逃れようのない苦さが胸を刺す青春ミステリ。
正体不明の不思議な能力を使う生徒たち
この物語でひとつ特徴的なのは、北楓高校の敷地内でのみ限られた不思議な能力を巡って物語が進んでいくということ。
能力を行使するには条件があること、能力の内容と条件を他人に明かされた際にはその力を失うこと、など数々の制約が存在する。
主人公の友弘もある能力の存在を知ったのをきっかけに、自殺ではなく誰かに殺されたのではないのかという幼馴染の言葉が確信に変わってゆく。
どのように生徒を自殺に追いやったのか、あるいはどのように自殺に見せかけて殺したのか。
捜査を進める中で、もしかしたら犯人に能力を行使されて殺されるかもしれない、という友弘の不安も相まって、真相に一層早くたどり着きたい一心でひと息に読み終えてしまった。
生徒を「殺した」方法に至るまでの推理は本当に緻密で、真相が明かされるまでの道のりにはほとんど能力が介入してこないので、現代という舞台から良い意味ではみ出さず、世界観に没入しながら謎解きを楽しむことができた。
友弘が自身の高校はそこまで偏差値が高くないから名探偵みたいに真相にたどりつくことは期待できないみたいなことを自虐めいて言及する部分があるのだけれど、一連の推理をする彼を見ていて、いやめちゃくちゃ賢いじゃん、と思う。
犯人の能力を言い当てる場面、普通にかっこよかったし。
犯人の能力に対する考えを何度も改め、仮定を立てては細かな証言や証拠をひとつひとつ拾って真実を積み上げていく過程に、爽快感を抱きつつひたすらに圧倒されてしまった。
教室はだれのもの
クラス間交流を目的として行われる合同レクリエーション企画を巡って、参加する生徒の温度差がまざまざと描写されていたのがとても印象に残っている。
企画立案者たちは「最高」のクラスだと信じて疑わずに、全員参加を絶対条件に仮装パーティーなど様々な催しを開催していく。
作中で描かれるレクリエーションを前に熱に浮かされたような生徒たちの描写に、イベントに参加して盛り上がる「みんな」にはなりきれなかった私を思い出す。
私自身、文化祭などのイベントで一丸となって優勝を目指しましょう、という雰囲気があまり得意ではなかった。
優勝を目指すという御旗の元に仲良く和気藹々としたいだけでしょ、本当に優勝を目指すならちゃんとメリハリ付けて作業や練習しようよ、と思っていた。
運動部に所属しており、その中で目標として掲げられる「優勝」と同じ言葉が使われるのが馴染めなくて、部活の忙しさを理由に学校の祭事はおざなりに参加していた。
そんな私を含めて「みんな」にいまいちなり切れなかった人たちに、深く深く刺さる小説だと思う。
これは断言してもいい。
決して自身の高校生活が不幸なものだったとは思わないけれど、それでもあの時抱えた一抹の疎外感がどこにもいけないまま、物語の中に広がっていた。
特に対称的だったのは、犯人と能力を突き止めていち早く能力を無効化したいと考える友弘と、死んでしまった同級生のために是が非でも復讐を遂げたいという捜査の協力者である同級生。
その犯人を突き止めることに対するモチベーションの違いが、事件が起こる前のかつての教室に対する執着の違いなのだと思った。
同級生がひとりよがりの友弘の捜査の仕方に対して不快な感情を露わにする場面にて、その同級生の怒りを理不尽だと感じた時、はっきりと私は友弘側の人間なのだと自覚した。
夢やあこがれが潰えるとき
事件が解決したその後も、物語は終わらない。
生徒の死を巡る捜査の中で、犯人の動機を聞きながら友弘の人となりを知った上でこんなことってないよ、と最終章を読みながらにして思った。
友弘の投げ捨てるような「もういいよ、捨ててくればいいんだろ?」の台詞を読んだ時、本当に苦しくて泣きだしたいくらいだった。
それまでの物語で友弘の境遇に共感できる部分が多々あったからこそ、彼の心の拠り所がひとつひとつ消えてゆくのが本当につらくて。
これじゃ本当にひとりぼっちじゃないか。
「この世界、近くに人がいるのは叫び出したくなるくらい煩わしくて、でも――」
「1人でいるのは耐えられないくらいさみしい」
友弘にかけられたこの言葉こそ、まさに彼の心のうちを見事に言い表していて、思わず読みながら大きく息を吐く。
この場面が本当に救いで、「さみしい」と思った時に手を差し伸べてくれる存在がいることがどれほどありがたいことかと思った。
最後の最後、友弘は縋るように「僕に力を貸してくれる?」と問う。
その問いかけに対する答えが嘘かどうか把握するために能力を使ってしまうところに、彼がどれほど切実で心細く思っているかを知り、どうかこの先、何事も彼を裏切ることのないように、と願ってしまう。
ひとりの方が気楽だけれど、本当にひとりぼっちになってしまうのはいやだ。
友弘に限らず、私も、そしてきっと他の誰かも抱いているような、わがままで仄暗い感情を深く傷つきながら自覚していく。