『この空のまもり』 芝村裕吏
いつぞやの、読者がすすめる「夏に読め!」フェアにて手に取った作品。
強化現実技術により、あらゆる場所に電子タグを貼り付けることのできる時代の物語。
もちろん物理的にはタグに書かれた内容は見ることはできないが、メガネやスマートフォンのカメラを通してならば見ることのできる世界。
日本は諸外国に対して遅れを取り、国内のあらゆる場所には不満をぶつけるような政治的な電子の落書きだらけ。
そんな現存政府を見かねて立ち上げられた架空政府にて架空防衛大臣を務めるニートの田中翼は、大掛かりな落書き清掃作戦を始めるも、次第に大局に飲み込まれていく。
まず、このメガネ等を通して落書きを見る世界観、すごくいい。
『電脳コイル』みたい。(『電脳コイル』の小説もしぬまでには読みたい)
それから、最果タヒさんの『少女ABCDEFGHIJKLMN』の中の、電子キスマークでいっぱいになって顔が見えない話を思い出しました。
近未来を描いたSFは数あれど、この拡張現実を機器を通してみる未来は今となっては案外遠くない気がして、本当にわくわくします。
何の変哲もない物静かな街並みが、スイッチひとつレンズひとつで華やかなものに変わるところを想像すると体温上がります。
複数の登場人物の視点がくるくると変わる群像劇で、読み始めのうちはそれぞれの人となりを掴むまでに時間がかかってしまいましたが、気が付けば物語はいつの間にか渦中に。
現実に対抗する架空政府と言えども、お偉いさん方が皆、砕けたハンドルネームで呼ばれていて、思わず私の中でも現実と虚構がぐずぐずになってしまう。
架空防衛大臣翼Pって......。活動は正義、愛国心の名のもとに行っているのに、ついハンドルネームに気が抜けてしまいました。特撮物や子供向けアニメで、登場人物はすごく真面目に戦っているのに敵の名前が安直で気が抜ける、みたいな。(褒めてる。)
想像以上に政治的な要素を含む物語で、右とか左とかそういった話にも波及し、じわじわと虚構が現実に浸食し始めていく感覚はちょっとぞっとしました。
現代でも、ネットの些細な諍いが現実的な被害に及ぶという話は決して珍しいことではないので、そのスケールが大きくなり政治的な大義があったなら、この物語をなぞるような出来事も起こりえてしまうのかな、と。
それから主人公の翼。
自他ともに認めるニートながらも、幼馴染を始め、下は小学生まで含めたありとあらゆる人望を集めていて、なんというか只者ではない。
読んでいると彼が理路整然に物事を見ようとしていて、優先すべきことはきっちりとわきまえてから行動するタイプなのだということが分かるのですが、それにしてもこれほどの厚い信頼を受けているところを見ると天性の人たらし的な何かを感じる。これがライトノベルレーベルから刊行されたならハーレムの名のもとにヒロイン総出で取り合いが始まるレベル。
それでも、翼はちゃんと幼馴染一筋で、そんな幼馴染の七海も翼のことが心配で心配で仕方がない様子なので、そんな展開にはならないのですが。
前半散々ニートとしてダメっぷりを披露しておきながら、最後にはきっちり決めるあたり、とてもずるい。
架空防衛大臣という肩書はあれど田中翼としての軸は決してぶれないところが、彼の人気の所以なのかも。
最後の最後には登場人物たちが一堂に会するのですが、多視点で進行する群像劇の色々な点が繋がっていく感じはいつ体感してもわくわくしますよね。
これ、あの人だったの? だったり、ここでこの人が来るのか! だったり。
特に翼の良き話相手のバーセイバーさんを巡る一連の話は本当に予想外でした。
確かに思い返せば、色々なことに合点が......。
芝村裕吏さんと言えば、最近ネットの色んな所でもよい評判を見かけたというのもあって『セルフ・クラフト・ワールド』がすごく気になってます。
......というより、実を言うとtoi8さんのイラストに惹かれて既にシリーズ全3冊積んであるのです。なんともつみぶかいことよ。
とりあえず十分に読みたいという気持ちはあることを、ここに記しておくことにします。