『月とライカと吸血姫』 牧野圭祐
宇宙や吸血鬼を扱った物語ということ、著者の牧野圭祐さんが「ペルソナ5」のシナリオチームの1人ということで読んでみることに。
ガガガ文庫の吸血鬼(ノスフェラトゥ)というと『さびしがりやのロリフェラトゥ』を思い出します。
それからゲームのペルソナシリーズは、ペルソナ3〜5をプレイ済みで大好きなシリーズのひとつなのですが、そのシナリオチームの方の小説ならば読まねばなるまい、と思いまして。
今回の物語の舞台は、競うように宇宙開発が行われている時代の架空の北国、ツィルニトラ共和国連邦。
人類初の有人飛行に向けて今まで犬が実験台として使われていたが、その次段階として人に近い姿の吸血鬼が使われることに。
主人公の宇宙飛行士候補生のレフは、実験台に選ばれた吸血鬼、イリナの監視役を命じられます。
数々の犬の打ち上げ実験の失敗から、入れ込み過ぎないようにと念頭に置いてイリナに接するレフ。
それでも伝承で聞く恐ろしい吸血鬼とは違ってほとんど人と変わらない姿をし、生き物を襲うこともないと知るにつれ、レフは監視対象以上の感情を抱くようになる。
そして人と変わらず接しようとするレフに、人を毛嫌いしていたイリナも次第に心を開いていく。
この小説を書く際に実際の資料を参考にされたそうで、秘密を徹底する感じや不祥事は何が何でも揉消すようなお国柄、なんとなく納得、もといリアリティがあります。
もちろん、作中はツィルニトラ共和国連邦、としか書かれていないのですが。
あとがきにもあったのですが、実際には都合の悪い人は記念写真からも削除する徹底っぷりらしい……すごい……。
まず、何もかもが凍てつく世界での情景が本当に美しい。
イリナの都合もあり、夜間に訓練などが行われるのですが、夜間飛行と題された章で満天の星空のもとで飛行訓練が行われる場面がたまらなく好きです。
サン=テグジュペリ好きとしては、夜間飛行、というのもポイント高い。
夜に2人きりでする会話、というのがどうしてもどストライクすぎる。
そういう意味では、凍った湖で夜にスケートをする場面も、本当に好き。
実際には色んな音で溢れているだろうけれど、私の中で想像する限りは寒く張り詰めた静謐の中、吐かれた白い息とともに2人の声が溶けてゆく。.......素敵すぎる。
それから、レフとイリナの宇宙に対する情景がとても印象的。
軍事開発の一環であったり、都合良く利用されているだけ、ということを知りながらも、宇宙に対する憧れを強く持ち続けているところ。
似たような思いを抱いていると知ってから、打ち上げ実験を成功させて地球に無事に帰ってくるというのが、ふたりにとっての目標に変わっていく過程が丁寧に書かれていてとても良かった……。
物語のクライマックスでもあるのですが、イリナが地球に向けて交信する場面。
共和国連邦の偉い人にはそうとは分からないような、レフにしか伝わらないふたりの夢とか思いとかぎゅっと凝縮された巧妙な台詞に思わず嘆息。
ある共通の体験をコンテクストにした、その人にしか伝わらないやりとり、もたまらなく好きなのです。
物語の舞台から流れまで、私の大好きな要素がぎゅっと詰まっていて、楽しく世界観に浸ることができました。
今回のお話があまりにも好きすぎて愚かにも積読本を増やしてしまいそうになる。
シリーズ3巻というのも、絶妙すぎる......。