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『七月のテロメアが尽きるまで』

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『七月のテロメアが尽きるまで』 天沢夏月

七月のテロメアが尽きるまで (メディアワークス文庫)

 

九月八月と続き、天沢夏月さんの「月」が入った一連の作品ということ、そしてタイトルの「テロメア」という単語に惹かれて。

まるで回数券のように細胞分裂を繰り返す度に短くなっていき、細胞の寿命を表すというテロメア

テロメアという言葉を、どれほどの人が見聞きしたことがあるのか分からないのですが、私にとっては随分「懐かしい」言葉で。

伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』が大好きで、登場人物たちがテロメアについて話す場面があるのです。あまりにも好きすぎて繰り返し読んだ記憶があるのですが、テロメア塩基配列を覚えるくらい。TTAGGG。

そういうわけで、今回その「テロメア」が物語とどのように関わってくるのか、わくわくしながらページを捲りました。

 

 

主人公は人付き合いを避け、過去のとある出来事にまつわる後悔を今も胸に抱える男子高校生、内村秀。

クラスメイトの女子生徒、飯山直佳の遺書が入ったUSBメモリを拾ったことをきっかけに、緊張感のともなうちぐはぐな交流が始まる。

会話を繰り返すうちに秀は、直佳が進行性の病に侵されていることを知る。彼女が言うには次第に記憶が混濁し、様々なことを思い出せなくなってしまうのだという。

今まで自身がそうしてきたのと同じように、自殺を願う直佳の事情に深入りすることはやめておこうと頭では思っていても、心はどうしても彼女のことを気にかけてしまう。

死を願う少女を前に、少年が彼女の為に抱いた決意とは。

 

 

※以下、ところどころネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

 

 

 

今回、まず印象に残っているのは、直佳が全力で病に抗う姿が描かれていること。

こういうヒロインが病に侵されるものって、綺麗な病室の中で死を受け入れていくものや、次第に衰弱してしまうもの、既にヒロイン自身が病をある程度受け入れているものが私が今まで読んできた作品では多い印象でした。

 

今作では直佳は、記憶障害だけでなく薬の副作用にもがき苦しみ嘔吐する場面もあり、ただ死にゆくだけの少女ではない、という鮮烈な印象が私の中に残る。

そうやって必死に抗ってなお、遺書をUSBに入れて携帯しているというのはどのような心境なのだろう、と興味を惹かれずにはいられなかった。

 

 

 

 

私の中で直佳は、意志が強くて何よりも自身に対して否定的な少女で、きっと病に甘んじることもあっさりと死んでしまうことも誰かに迷惑をかけることも、何もかも許せなくて、だからこそ笑える時には彼女はごくごく自然に笑う。

一方で、秀は優しすぎるが故に常に迷い続けている印象を受ける。

彼女が幸せそうなときほど、僕は顔を背けたくなる。なぜか泣き顔よりも、笑顔の方が彼女の背負った重荷を思い起こさせる。彼女の脳は音を立てて壊れていく。ひび割れていく。溶けていく。それを知っている僕は、最近ときどき泣きそうになる。そして飯山はそういうとき、なにもかも見透かしたように笑うのだ。

生きろと言った僕が泣くのはおかしな話だ。泣きたいのは彼女の方なのに。

p.134

 この一節がふたりのことをよく言い表しているように思う。

直佳以上に病に向き合うのに秀は覚悟を必要とされて。それでも、一度向き合うと決めた以上は意を決して秀も目を背けることはしない。

 

 

この彼の執念とも言える思いの根源が、物語の後半になってようやく分かるような気がした。

物語の構成にはちょっとした驚くような仕掛けがあって、この物語のすべては秀と「加恋」との出会いと彼女の飛び降り自殺から始まっているのだと分かった時には、秀が直佳と距離を置きたがった理由も一度足を踏み入れた以上覚悟をもって向き合った理由も理解できた。

 

また、過去のことまですべて思い出した直佳に対して、生きろと力強く言い続ける最後の場面が好きで、その中でもいちばん好きな台詞というのが、

「だから僕は、これからも君に関わり続ける。僕のことを、この先どれだけ不幸にしてもかまわない。そもそも僕は、君に不幸にされてやるつもりだって毛頭もないけれどね」

p.238

 というもの。

思わずスピッツの「8823」という曲のことを思い出したのですが、「不幸にしてもいい」という言葉は私にとって「幸せにしてみせる」という言葉よりもよく響く。

壊れたエレクトーンのAの音になぞらえたのも素敵だと思っていて、完全に不必要なのではなくて、透明な音が鳴っているという表現。

使いどころを一歩間違えば詭弁みたいなその理由も、秀が過去からずっとひとりの少女と向き合ってきたからこそ輝くのだと感じた。

秀はきっと「七月のテロメア」という曲の、月崎加恋の、飯山直佳の、第一の理解者で、そんな人から「生きろ」と言われるのはどれほどの価値があるのだろうと考えたら、あまりにも眩しくて。

 

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