ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『繕い屋 月のチーズとお菓子の家』

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『繕い屋 月のチーズとお菓子の家』 矢崎在美

繕い屋 月のチーズとお菓子の家 (講談社タイガ)

 

悪夢を料理して食べていまうことにより、過去を消化するという設定に惹かれて。

今まで、もののたとえとして過去を「消化」するというような言葉を使ったことはあるけれど、文字通り食べてしまうなんて!

 

 

あらすじ

他人の悪夢に入り込み、その人の心の傷そのものを料理に変えてしまう平峰花と不思議な雰囲気のある猫、オリオン。

当人たちの記憶には残らないものの、花は次々と悪夢を月のチーズやキノコのステーキに変えてゆく。

こうして悪夢を上手く「消化」できない人間はやがて怪物へと姿を変えてしまうという。

感謝されるわけでも見返りがあるわけでもないのに、自ら危険を冒して悪夢へ入り込み続ける花の理由は――。

 

 

死なないための食事

「あなたは自分の傷をおいしく、本当に食べて、自分の中で消化するんです。死なないために」

p.40

 というのは作中の花の台詞ですが、この「傷を食べて消化する」という表現がとてもしっくりくる。

さらに、最後の「死なないために」という言葉に少しはっとさせられる。

今回、何人か過去に傷を抱えた人たちが登場するも、花の手によって次々と救われていく。この傷というのが、本人にとってはとても美味だというのが私にとっては少し新鮮だった。

 

 

普通、というより、私の感覚からしたら悪夢に苛まれるような過去があるとすればきっとそれはとてもひどい味をしているに違いない。

作中では、その傷事態が食べられるものであるかどうか気付けるかという点が大きなギャップになっていて、花の指摘によって皆おそるおそる悪夢を口にする。

夢を見ている本人にしか味が分からない、というのも私は妙だと思っていて、結局は自分自身で消化する他ないのだ、と思う。

 

 

夢に出てきたものを何でもかんでも食材にして食べてしまう、それこそ月だって扉だって家丸ごとだって――というのは流石に私もしたことはないので想像することしかできないけれど、表紙のイラストにあるようなとろりと溶けた月のチーズとかロマン溢れてときめきが止まらない......。

 

 

夢と現実を行き交う

悪夢を見る人たちの視点で連作短編という形で話が進んでいく中、最後のお話だけ別の視点から語られ、花の素性に関して少し明かされる。

 

世の中には人の傷を「ヒビ」として見ることができる一族がいて、彼らが怪物となり果ててしまわぬようひっそりと見張っているという。

万が一怪物に変じてしまった時は、彼らが力をもって亡き者にしてしまうらしい。

そんな中急に現れたのが一族の誰も成しえない人の傷を治す力を持った、花。

花に関しては出自含めまだまだ謎の残る部分が多いのですが、花が危険を冒してまで他人を救い続ける理由が本当に、正義感溢れるもので。だからこそそんなところに私はちょっと危うさを感じてしまう。

「そうでもしないと死んでしまうから」「わたししかできないことだから」

誰かに求められるわけでもなく、たった1人で、これだけの理由で救い続けるなんてよっぽど強靭な人でないとできないのではないかと思ってしまう。

それに、もし、花の心に傷が生じたその時は、誰がその傷を治してあげられるのだろう、と。

 

 

最後に余談ですが、この、世間から人知れず何かと戦い続ける一族というところに、恩田陸さんの『光の帝国』から始まる「常野」シリーズを思い出しました。

光の帝国 常野物語 (集英社文庫)

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