ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『かがみの孤城』

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『かがみの孤城』 辻村深月

かがみの孤城

 

 

悩める少年少女とかがみの向こうの不思議な場所、という組み合わせに、私が辻村さんの作品に触れた頃を思い出してなんだか懐かしいような気持ちで読ませていただきました。

こういう苦悩を抱えた登場人物たちが不可思議な力や場所を通して、自身と向き合っていく辻村さんの作品、たまらなくすき。

作中、彼らにはどうしようもない程の困難が押し寄せるも、最後の展開には手を叩いて祝福したくなるくらい。

物語の舞台や出来事がすべて誰かの「まなざし」でいっぱいだったことに気が付いた時、思わず本を抱きしめたくなった。

 

 

あらすじ

学校に行くことができず家にこもりきりだった中学生のこころ。

他人の目を気にして怯えるように過ごしていた5月のある日、自室の鏡が光りだす。

不思議に思いながらも、おそるおそる手を触れて鏡を「通った」先には狼の面をかぶった幼い女の子と大きな洋風のお城。

そしてこころは自身を含めて7人の同年代の少年少女がこの場所に来ることができることを知る。

「鍵を見つけたものはどんな願いも叶えることができる。ただし期限は3月まで」

そう語る狼の面の少女の言葉に孤城へと導かれた7人の少年少女は、手探りしながら鏡の中の世界を受け入れてゆく。

 

 

 

不思議な孤城に集められた7人の中学生

 こころの目線から残りの6人の容姿や人となりが語られるのですが、こころが早い段階で察しているように、皆、本来なら学校に通っているであろう平日の昼間からこの世界で時間を過ごしていて、事情によって学校に通えていない。

物語の前半、「鍵探し」に関してはほとんど話が展開しないのですが、途中退屈だなんて思う瞬間は微塵もなくて、少しずつ少しずつこころの生活ぶりや他の登場人物の性格が明かされていくにつれ、彼らの輪郭の線が私の中ではっきりしていくにつれ、彼らは最後どんな結末を迎えるのかと、物語に引き込まれていくばかりでした。

 

 『かがみの孤城』で表紙イラストを担当された禅之助 さん(@rakugaki100page) | Twitter

より。

 

現実ではないこの場所で彼らが居場所を見つけていくのに、「よかった」と思う気持ちと「この場所はかりそめでしかないのだ」という気持ちがないまぜになって、どんな心構えで読んだらいいのか分からなくなってしまう。それからこころの目線から語られるということもあって、こころ以外の学校に通えていない事情がはっきりと簡単に明かされることもなくて、この場所では何でもなさそうに振舞っているこの子は一体現実世界では何があったのだろう、とつい、気になってしまう。

 

それでも彼らが、鏡の世界での関係性を拠り所にして現実に向き合おうとする姿に柔らかい気持ちになる。

私の中での辻村さんの作品に出てくる少年少女ってすっと筋が通っていて、困難を前に折れかけてしまうことはあれど、なんだかんだひとりで勝手に幸せになっていく印象がありました。もちろん誰かの手を借りることはあるけれど、それに縋るというよりは、冷静にそのありがたさを自分の中で消化して受け止めているような。

今回は、みんな年齢が近いということもあってか、自分と同等の何かを相手に期待する、また逆に期待される、という関係に感じた今までとは違うまた別の心強さ。

そうやって手を取り合う彼らを見ていてなんだか応援したくなる。

 

 

 

 

※以下、ネタバレ込み。

 未読の方はご注意ください。本当に。

 

 

 

 

 

 孤城の主とかがみの世界

 まずなんといっても、彼らにとっての逃げ場所であった孤城が狼の面の少女の願いによって存在していたものだということが強く印象に残っている。

少女自身の、弟のためを思って願って作り上げた世界。

そうして導かれた少年少女たちはちゃんと前を向いて外に出ていくのに、彼らと同じく「雪科第五中に行きたかった」はずの理音の姉がどこにも行けないことに一抹のやるせなさを覚える。

なんというか、本当に最後の場面での理音とそのお姉さんとのやりとり、幼いながらにそんなことを思っていたことも含めて、あの世界は何もかも優しさで溢れていたことに、本当に胸がいっぱいになる。

でも、さっきどこにも行けないなんて書いたけれど、理音の最後の願いによって多分、ずっと狼の面の少女もちゃんと「存在し続ける」のかな、と思う。

最後の願いと言えば、こころが作中何度も夢見た転入生が知り合いだったと微笑みかけてくれるという場面が意外な形で叶うのも、すごく素敵だと思った。

 

 

それと、喜多嶋先生の正体。

ぼんやりと狼の面の少女と関係あるとおもってましたが、まさかアキだったとは。

純粋に驚きでした。

物語上、最後にルールを破ってみんなに迷惑をかけた彼女が巡り巡って彼らを救う立場になる、というのが本当によい。喜多嶋先生として親身にこころ達の話を聞く彼女は、現実と闘うこころ達の表情に何を見出すのかな。

 

そして、パラレルワールドではなく、違う時間の同じ世界を生きる彼らですが、それが明かされた時のたまらなく好きなやり取りがあって、

――だから、たとえ、僕やマサムネが忘れても、マサムネは嘘つきじゃない。ゲームを作ってる友達が、マサムネにはいるよ

p.524

スバルのこの台詞。

思わず泣きそうになった。

時には微妙になったスバルとマサムネの関係や、スバルが工学系を目指し始めることや、マサムネが嘘つき呼ばわりされていたことなど、色んな要素諸々をこの台詞でスバルの口からこともなげに、当たり前だというように締めくくるの、本当に色んな思いで胸がいっぱいになる。

この一言であれもこれも一気に昇華されるの、本当に、もう本当にたまらない。

 

 

 

 

今回『かがみの孤城』を読み終えて、昔読んだ辻村作品を久々に本格的に読み返したくなったので、また少しずつ、読み返していきたい。

彼らとは当時よりも歳が離れてしまったけれど、そんな私が何を見出すのかも含めて、とてもたのしみ。

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