『なめらかな世界と、その敵』 伴名練
とても良質なSF短編集として話題になっていたので。
SF沼の淵をそわそわしながら歩く私には、この作品に含まれるオマージュのほとんどを理解することはできなかったけれど、それでもとても良い読書体験ができた。
現実と虚構が入り乱れながらも、そこに描かれているのはまぎれもなくヒトの話で、流されないように必死でたどり着いた先に、壮大な感情を見るのとその余韻がたまらなくすき。
あまりにも微妙な例えではあるけれど、口いっぱいに炒飯を詰め込んでラーメンのスープを飲み干す時にくる美味しさと余韻みたいだって、今さっき思った。
この本を構成する独立した6編の物語のうち、特に印象深かった3編について。
なめらかな世界と、その敵
表題作。
誰もが自由意志で並行世界を行き来するのが当たり前の世界を舞台にした物語。
目の前に不幸が訪れれば、不幸が起きなかった世界へと容易に移ることができる。
まずは、この世界設定を理解していく過程が本当にわくわくした。
のっけから、主人公の少女の父が何の説明もなく死んでいたり死んでいなかったり、真夏なのに雪が降っていたりいなかったり。
「え、この世界はどうなっているの......?」という疑問が徐々にほどけていく感覚がとてもよかった。
それから、物語の佳境での、瞬く間に色んな世界を飛び越える描写が本当に色鮮やかで。
主人公の少女が一歩踏み締めるごとに、数多のあり得たかもしれない世界の景色を見る。
その世界のすべてを置き去りにして、たったひとりの友人のために駆け抜けていくのがとても美しい。
余韻が本当に素晴らしくて、ラスト数ページは何度だって読み返したい。なんていうか、世界観は現実からかけ離れているのに、登場人物の悩みも、その解決方法も寄り添い方も、”現代的な”人間っぽさがあって、私の心を打つ。
世界は違えど、本当に大切なことは変わらないんだって少し安堵する。
私は決して他世界に移ることはできないけれど、紛うことなくここが私の生きる世界だ。
美亜羽へ贈る拳銃
これ!!!
このタイトルなら元ネタわかるし、読んでた!!!
オマージュ元の作品もとても好きだということもあって、タイトルを見た瞬間に、体温上がってしまった。
美亜羽の名も、『ハーモニー』のミァハから来ていて、好きなものだらけの物語だった。
WK(ウェディングナイフ)という拳銃型のデバイスで、体内にナノマシンを撃ち込むことにより、婚姻関係にある相手と互いに尽きることのない愛情を注ぎ合うことが当たり前になっていく世界での葛藤を描いた物語。
こういうちょっとした小道具も好きなので、ついついテンション上がってしまう。キーホルダーにしたい。
今回の物語に出てくる、この拳銃型デバイスにも元ネタはあるのだろうか......。よみたい。もしご存知の有識者がいらっしゃいましたら、ぜひコメント欄まで......。
WKによる半永久的な愛があふれる世界で復讐を誓う少女と叶わない恋が、拗れて歪んでいく展開が本当にはらはらした。
世間では手軽な愛で溢れているのに、美亜羽と主人公の関係はどんどん深みに落ち込んでいく。そこで、タイトルの「美亜羽へ贈る拳銃」。
この主要人物ふたりの間に、まさしくナイフの如く切り込むWKの使われ方が本当に鮮烈。WKは果たして人を生かすのか殺すのか。
そして、これまた最後の一行の余韻が良すぎて。
いや、本当にめちゃくちゃ良い、すごい良い。
ちょっと理解するまでにラグがあるタイプの最後の一行で、「え、どういうこと......それってもしかして!?」っていう感じが最高すぎた。
あー、良い。本当に良い。
いや、だってつまりはそういうことでしょ? ネタバレになってしまうけれど。
この際私の解釈が間違っていたとしても、そういうことにしよう。
これは、人間と人間の物語だ!!!!!
ひかりより速く、ゆるやかに
修学旅行の帰路の途中、静止して見えるほど限りなく時間の流れが遅い新幹線の車内に”幽閉”されてしまったクラスメイトと、それを外の世界から眺める少年の物語。
これまためちゃくちゃいい青春ものだった......。
幽閉された新幹線の中には、主人公の少年にとって幼馴染の少女がいて、これまた少女に並々ならぬ感情を抱いていて。
行き場のない思いをどうすることもできないまま、少年は現実で少女よりも早く年齢を重ねていく。
もがき方も、少年が選び取ったひとりよがりな手段も、結末も、どれもが素晴らしかった。
世間の事件への相対の仕方とは裏腹に、少年はずっと個人的な思いを抱えていて、人の思い、のぞみは「ひかりより速く」進んでいく。
新幹線で起きた事件によって、手に負えないほどに膨れ上がってしまった思春期の些細な感情のゆらぎが、最後にはちゃんとほどけていくのがとても良かった。
結末に向けて、物語の随所に散りばめられた伏線が収束していって、仄かに押し寄せるハッピーエンドへの予感が、読んでいて小気味よかった。心がふくふくする。
壮大に動き始める世界と小さな個人の感情の対比がとても印象的で、色んな形で事件が消費されていくけれど、少年はずっと少女のことだけを気にかけていて。
世界はまだ騒がしいけれど、かつての思いが昇華されることをもって、この物語はいったん終わりを迎えるということで、いつまでも私の中で鮮やかに映え続ける。