ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『ひとりぼっちのソユーズ』

『ひとりぼっちのソユーズ 君と月と恋、ときどき猫のお話』 七瀬夏扉

ひとりぼっちのソユーズ 君と月と恋、ときどき猫のお話 (富士見L文庫)

 

開幕ひとこと言わせてほしいことがある。

もしかしたら今年はもうこれ以上の作品が見つからなくたっていいと思えるような物語に出会ってしまった。

 

クライマックスでもなんでもないような何気ない場面の一幕一幕に何度も心が震えた。

秒速5センチメートル』のようなただひたすらに遠くにいる誰かを思うプラトニックさと、『耳をすませば』のような誰かの背中に追いつきたいというひたむきさと焦燥感と、これでもかというくらい私のすきな要素がぎゅっとつまった物語だった。

 

 

あらすじ

幼い頃に出会ったロシア人と日本人のハーフの女の子、ユーリヤ。

宇宙飛行士になって月に行くのが夢だという彼女は、主人公の僕のことを「スプートニク」と呼び、常に連れ添っていた。

ただふたり仲良く幼い頃の無垢な夢を抱き続けられるほど、叶えられるほど現実は容易くなくて、ふたりの間で「月に行きたい」だなんて夢を口にすることすらなんだか憚られるようになってしまう。

それでも一緒に月を見上げた夜に、こっそり心の底で誓った願いをただひたすらに抱いたまま僕は歩み続けた。

ユーリヤを月に連れていくために。もう君を、ひとりぼっちにしないために。

 

 

 

遠い場所にいる君に追いつけるように

高校進学を前に父の仕事の都合から種子島へ引っ越してしまうユーリヤ。

その一方で宇宙飛行士になると心に決めた「僕」は、ひたすらに部活動にも塾にもアルバイトにも打ち込み、今はまだ見えない遠い遠いユーリヤの背中を追い続ける。

もう、この高校生の頃からクライマックスまでが本当にすきすぎる。

(高校生から、と言うともう、この作品ほとんど全部なのだけれど)

 

たったひとり胸の底で誓った願いだから、「僕」が抱いている夢をユーリヤが知ることはなくて、彼女は彼女でただ思いの向くまま全速力で宇宙を目指していて。

「僕」が宇宙飛行士を目指す理由なんて、書き出したら原稿用紙の半分も埋まらないようなシンプルなものでしかないのに、「僕」にとってはそれだけがすべてで、諦める理由なんて腐るほどあるのにそれでもユーリヤを追いかけ続ける姿に、何度も胸が苦しくなった。

それほどまでに「僕」にとってユーリヤは大きな存在で、私が思う以上に並々ならぬ思いがそこにあるのだと思ったら、とてもきれいだと感じた。

 

すきな場面は数あれどあえてひとつあげるなら、陸上部の先輩に「月に行きたい」のだと打ち明ける場面。

 言い切ってしまうと、僕は途端に心細く、臆病になってしまった。

 それは、はじめて誰かに「月に行きたい」と告げた僕の言葉が、ひどく薄っぺらく、ひどく情けなく聞こえたからだった。それは、なんだか今朝みた夢の話をしているみたいで、まるで現実感のない曖昧な言葉に聞こえたから。

p.106

 ただがむしゃらに頑張っていれば追いつけるんじゃないかと思っていたけれど、高校生のうちにできることと「月に行くこと」は大きくかけ離れていて、ユーリヤはJAXAインターンで活躍しているのに、「僕」は体力づくりと称して陸上部の活動を続けるだけ。

このふと我に返った時のもの寂しさと、絶望感と、途方もなさとそういったものすべてがないまぜになった「僕」の気持ちを考えたら、たまらなくかなしくなった。

正直、読みながら、「僕」がここで夢を諦めてしまったとしても、私は彼のことを見下げることはなかっただろうし、なんならもしかしたらそういう果てしなさの末に漠然と夢を諦めてきた人も多いと思っている。

 

 

それでも、スプートニクはただひたすらに追いかけ続けたのだ。

憧れ続けた女の子にあなたを縛り付ける重力でいたくないから、貴方の人生を歩んでほしい、あなたのおかげで私は素敵な夢を見た、と言われても。

彼女の父親に子供のころの約束を引きずる必要はないと言われても。

ただシンプルに「僕、ユーリヤが大好きなんです」と答えたこの言葉に、たまらなく胸がいっぱいになってしまった。

 

ユーリヤの見えないところでひとり努力し続け、諦めてもいいんだよと半ば諭されても、「大好き」に集約されるすべての思いから、スプートニクは、ただユーリヤのためだけに走り続けたのだ。

私は、この時スプートニクが口にした「大好き」という言葉以上に思いを伝えるのにふさわしい言葉を知らない。

 

 

 

ふたりだけには分かる言葉

ユーリヤが誇らしげに口にする「ユーリヤ・アレクセーエヴナ・ガガーリナ」という名前。

ユーリヤがつけた「スプートニク」という呼び名。

北方四島を賭けたっていい」という口癖。

「you copy?」「i copy.」というやりとり。

 

何気ない単語が、言葉の羅列が、ふたりの間でゆっくりと様々な意味が込められていくのがたまらなくよい。

ふたりだけに分かる秘密の合言葉みたいな。

 

時間が経ってより現実が見えるようになった今では、幼い頃から何気なく交わしていた無垢な言葉を口にするのさえ躊躇いが生じてしまって、だからこそ大人になった時にこういった言葉を口にするというのは大きな意味があって。

もちろん、その大きな意味というのはふたりにしか分からなくて。

ふたりだけには、それ以外の言葉を交わさずとも「秘密の合言葉」に込められた意味が痛いくらい伝わっているというのが、本当にすきすぎる。

 

長い時間言葉を交わしていなくても、その合言葉さえあれば、タイムカプセルを開けたみたいにいつだってあの頃に戻れるし、読者として大人になってからも子どもの頃と変わらずに言葉を交わすふたりを見ていて思わず熱いものが込み上げてきた。

状況は違えど、あの頃の思いがずっとふたりにはあって、当時夢として語ったものとまるっきり同じではないけれど、それでもふたりの夢が今叶いつつあって。それを成し遂げることができたのもシンプルな思いに殉じてわき目もふらず進み続けてきたからで。

私が読んできた、彼らが積み上げてきたすべてのものが、ひとつひとつ光って見えた。

 

 

そういう、せつなさと苦しさがいっぱいの、とてつもなく純度の高い綺麗な思いでいっぱいの、私の心をとらえてやまないとても大好きな物語でした。

 

 

 

この物語の未来のお話がカクヨムで読めるみたいなので。

少しずつ読んでいきたい。

kakuyomu.jp

でも、できることなら書籍の形でもこのお話を行く末を見守っていきたい。

願わくばこの続きを本として読むことができる日が来ますように。

後生だから。