ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『僕は小説が書けない』

『僕は小説が書けない』 中村航 中田永一

僕は小説が書けない (角川文庫)

 

中村航さんの作品も中田永一さんの作品もどちらもすきで、単行本として刊行された当初も読んだのですが、文庫本として改めて書店に並んでいるのを見たらまた読み返したくなってしまって。

これまた私の大好きなビブリア古書堂シリーズの三上延さんのあとがきによれば、両名が交互に5~10枚ずつ執筆して出来上がったこの作品。

中村航さんらしい明るい求心力のあるヒロインと、中田永一さんらしいほろ苦い人間関の組み合わせがたまらない。

なんていうかこう、中村航さんの作品はふわふわーという気持ちで読むことが多いのですが、今回中田永一さんと共著ということもあってか、気が付けばどん底に叩き落されている。

最初に手に取った時の期待を裏切らず、このギャップに終始振り回されっぱなしでした。

 

 

あらすじ

家族内に抱える問題が原因で何をするにもネガティブな感情が先行し、かつて書いていた小説もすっかりそのままになってしまっていた高校1年生の光太郎。

先輩である七瀬との出会いをきっかけに光太郎は文芸部に入部することになり、七瀬の献身的なアドバイスもあって光太郎は再び小説を書き始めようと決意する。

個性的な文芸部の面々とともに学園祭での部誌の発行を目標に小説を執筆し始めるも、七瀬に対して芽生え始めた感情と家族にわだかまる問題から目を逸らしたままでいることはできず、光太郎は覚悟を試される。

物語を紡ぐことを通じて光太郎の葛藤と成長を描いた青春小説。

 

 

ふたりのOB

作中、光太郎へのアドバイス役としてふたりのOBが登場するのですが、小説を書くということに対して両極端の意見を持っていて、これがまたどちらも間違っていないようにみえるのが面白かったです。

片や物語の起伏を意識したプロットを予め組むシナリオ論を重視するOB、片や計算づくのプロットでは限界があると感情のまま書くことを重視するOB。

前者はちゃんとシナリオライターとして働いているものの、後者は口ばかりで未だ小説を書きあぐねていて、社会的な説得力は雲泥の差なのですが、感情論を重視するOB――通称御大の言うこともうなずけてしまう部分が多々あるし、光太郎にとっては彼の言葉が随分と救いになったはず。

御大の小説にまつわる言葉でいちばんすきなのは、

物語には祈りが込められていたほうがいい。祈りとは、人間が自らの無力さを知り、神に己の存在を問いかけることだ。

p.160

というもの。

 言葉選びが仰々しいのは御大のキャラクターでもあるのですが、自分で何もかも解決してしまうよりも、縋るような気持ちで何かに結末を託す物語の方が確かに私は好きかもしれない。

実際に誰かを幸せにする力を持つ登場人物よりも、誰かの幸せを願う登場人物の方に私は共感してしまう。

 

 

 

光太郎の恋心と七瀬の本懐

※ここからネタバレを含んでいます。、未読の方はご注意ください。

 

 

 

いや、もう本当に、この恋の行方がどうしようもないの苦いのなんのって。

これは結末をある程度知っていたうえで再読してハッとしたのですが、物語の序盤にあった七瀬のとある発言。

「きみはその子のことが好きなんだよ。あるいは、好きになりかけている」

確かに、そうかもしれない。

「その人のことをもっとよく知りたいと思うでしょう?」

七瀬先輩はじっと僕の目を見た。

「......はい」

「そうでしょ? うん、そうだよね。好きな人がいたら、その人のことは何でも知りたいよね。たとえそれが、自分にとってつらいことでも」

p.96-97

これ、七瀬先輩自身の恋のことを思うと含みがありすぎる......。

 

というか、光太郎が抱いた恋心がこうも無残に砕かれるとは当初思ってもいませんでした。

ただ七瀬先輩に振られるならまだしも、七瀬はシナリオライターとして働いているOBの人に好意を抱いていることはおろか既に深い関係にあって、光太郎へのアドバイスを名目にふたりの逢瀬に利用されているに過ぎないというのが本当にもう、ここまでやるか、って感じ。

ただ七瀬先輩自身もそのOBのいちばんになりえることはないと知っていて、もう、なんていうかただただ苦しい。

憂いを湛えながらOBの先輩の好きなところを語る七瀬先輩とか。

光太郎が七瀬と一緒にOBへアドバイスを貰いに行くときに七瀬がお洒落をしていたことも、髪を伸ばし続けていたことも、すべてOBの先輩の気を引くためだったと思うととてもやるせない。

そしてそんなことは露知らず、七瀬の励ましの言葉に小説を書こうと躍起になっていた光太郎の素直さも。

 

そういう意味では、御大の存在って本当に重要で、散々作中登場人物に煙たがられている彼だけれど、彼の言葉によって光太郎は前を向くことができたのだし、そんな光太郎の行動によって物語は好転しだすし。

こんな朗らかな気持ちで結末を迎えられるとは思ってもいなかった。

三上延さんのあとがきの締めにもあるように続編を願わずにはいられない。

 

 

以下、中村航作品、中田永一作品に対する「すき」を書き連ねただけ

中村航作品で言うと、『僕の好きな人が、よく眠れますように』がタイトル含めてすきすぎる。

僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)

僕の好きな人が、よく眠れますように (角川文庫)

 

 お墓参り行くときにいつも「すきなひとたちがよく眠れますように」って手を合わせるくらい。

話の内容は不倫を描いているので、道徳的とは言えないけれど、それでも中村航さんらしく軽やかに描かれているのでどろどろとした感じは一切なく、むしろふたりのやり取りがちょっぴり初々しくてどきどきするくらい。すまきまきます。

こんなにも好きなのにどうして結ばれないんだろうね、って感じ。

祈り、という意味では、『星に願いを、月に祈りを』も本当にやさしい物語で、たまらなくすき。

星に願いを、月に祈りを (小学館文庫)

星に願いを、月に祈りを (小学館文庫)

 

 

 

複雑な人間関係からくる切なさやるせなさという意味では、中田永一さんの作品の味が本当にすきで、『百瀬、こっちを向いて。』とか『吉祥寺の朝日奈くん』とか、どちらも短編集なのだけれど、どちらもほろ苦さ抜群。

 

百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)

百瀬、こっちを向いて。 (祥伝社文庫)

 

 

吉祥寺の朝日奈くん (祥伝社文庫)

吉祥寺の朝日奈くん (祥伝社文庫)

 

 

特に、表題作でもある『吉祥寺の朝日奈くん』の読み終わった時の「どうすれば幸せになれたのかな」と途方に暮れる感じは今でも覚えている。

 

 

ブログを始めた時期と被っていなくて、中村航さん中田永一さんの小説の感想を書いたことがなく、すきな作家ということもあってどちらか一作は書いてたかなと思っただけに少し驚き。

再読した折にはまた何を思ったのかを書き残しておきたい。