『人魚姫 探偵グリムの手稿』 北山猛邦
北山猛邦さんによる近代ヨーロッパを舞台にした幻想的なミステリ。
タイトルからも分かる通り、魔法や人魚が存在する世界で、主人公のハンス・クリスチャン・アンデルセンは助手役として、王子殺害の真相を探偵役のグリムとともに追ってゆく。
『少年検閲官』や『先生、大事なものが盗まれました』など、北山猛邦さんのちょっと退廃的でファンタジックなミステリ小説、設定だけでもかなり好みかもしれない......。
それから、米澤穂信さんの『折れた竜骨』も(中世)ヨーロッパ×魔法×ミステリだったので、こういう雰囲気が好きな方はきっと楽しく読めるはず。
今回、まだ幼いハンスに対するグリムの台詞が所々詩的でミステリの謎解きとは別次元でどんぴしゃでした。
特に。大切なものを失くしてしまってもう見つけることを諦めかけていたハンスに対する台詞。
子どものくせにそんなにものわかりがよくてどうするんだ。ねえ少年、君はまだ、手を伸ばせば月に届く年齢だろう?
もう、手を伸ばせば月に届く年齢、っていう表現が最高によい。
お洒落過ぎてあわよくば日常生活で今後使っていきたいレベル。
願えば空だって飛べる年頃だろう? など目下応用も検討中。
また、ハンスの成長物語としてもとってもよく描かれていて、現実逃避して想像の世界に逃げ込んでしまいがちだったハンスが、出会った人魚のセレナのために自分のできることをしたいのだと奮闘する姿は健気そのもの。
グリムはひょうひょうとして描かれているけれど、いつだってハンスやセレナの行く末を優しく見守っている。
ミステリとしては、「人魚が存在する」「魔法が存在する」というところから、王子殺害に関して次々と犯人や殺害方法について絞られていく。
それでも最終的には理詰めで、魔法という言葉が似つかわしくない程に地に足ついた犯行方法であったことが明かされる。
この匙加減、すごいな、と思う。
だったら魔法とか人魚の設定は要らないのではないか、となってしまいがちなのだけれど、魔法や人魚が存在して初めて事件の全容が見えてくる。
(魔法や人魚が存在したからこそ、事件が発生してしまった、とも言えるけれど)
これ、シリーズ化しないかな......と思うくらい本当に好きな雰囲気でした。
青崎有吾さんの『アンデッドガール・マーダー・ファルス』のお祭りっぽさとは少し違って、見聞きしたことのある物語が目の前でまた違った姿を見せるのがすごく楽しい。
......とりあえず、はやく積んである『オルゴーリェンヌ』読まなきゃ。