『ディリュ―ジョン社の提供でお送りします』 はやみねかおる
私の中ではやみねかおるさんと言えば、やっぱり「名探偵夢水清志郎」シリーズ。
とはいえ、著者の名前は知っているものの、はやみね作品に数多く触れてきたというわけではない私。
そのことを「あな口惜しや......」と常日頃から思っていた折、はやみねかおるさんの作品が私が個人的に気にかけているレーベル、講談社タイガから刊行されるということで。これは、きっと今読むべきなのだという天啓を授かるなど。
※以下、物語の結末を明言することは避けてますが、それとなく触れている部分があるので、未読の方はご注意ください。
物語を現実世界で追体験できるという私のような「物語好き」にはまるで夢みたいなサービスを提供する、ディリュ―ジョン社。
主人公は、今まで一切本を読んでこなかったにも関わらず何故だかディリュ―ジョン社の採用面接を通過してしまった森永美月。
この美月の本に対するスタンスというのが、本当にコミカルに描かれていて、読みながら思わず「え、それ、まさか真面目に言ってるの?」と思ってしまう場面も多々。
でも、一番引っかかったのは、探偵の名前ですね。『ホームズ』ってなんですか?
家 の複数形ですよね? ……探偵じゃなくて、大工さんみたいに思えてきて……
作中、古典的有名作について話をする一幕での、美月の発言。ホームズの名前のみならず仕掛けについても色々と突っ込む美月。ここまで突き抜けてると逆に、美月はずっとこのままでいいような気すらしてくる。
その一方で、アクシデントやハプニングには抜群の対応力を発揮する彼女......一体、何者なんだ......。
そんな美月は「不可能犯罪小説を体験したい」という依頼に対応することになり、天才作家と称される手塚和志とともに依頼人のために台本と舞台を用意するが、台本にはない想定外の出来事が次々と起こり始めてしまう。
用意した物語が途中で頓挫し、多額の違約金を支払うことになってしまうことを避けるため、可能な限り元の台本の流れに修正しようとするも、綻びは大きくなるばかり。
物語を限りなく現実化するという設定やなんだかんだいって憎めないどこか愛嬌のある美月のキャラクターに気が付けば引き込まれていました。
不可解な出来事が次々と起きる中、それでも演者たちは依頼通りの「物語」を演じ続けなければならないという状況に、読みながら現実と虚構が入り混じってしまい、なんだかそわそわと落ち着かない気持ちになってしまいました。不思議なところに真横んでしまったような感覚。
不測の事態により身の危険がさらされることがあっても、その場にいる人は「物語の中で起こったこと」として消化しなければいけないのです。間違っても「今回は中止にしよう」だなんて依頼人の前で口にしてはいけない。
そうして、「そんな不可能犯罪ミステリを演出する」という設定はどのように生きてくるのか、気になって気になって気付けばあっという間に読み終えてしまいました。
割と手の込んだ結末と美月たちのコミカルなやり取りとは一転、仄暗い動機に思わず胸の内にうら寂しい思いが差す。
正直に言うと、実行手段の是非は一度置くとして、動機の方は私も十分理解できるし、共感できるものでした。そういう意味では、ある種、考え得る限り最適な方法のひとつだったのかな、とも思います。
そして。
美月が「本格ミステリ? なんじゃそら?」(意訳)みたいなことを言う場面があって、「これはマジなミステリファンが聞いたらタダじゃ済まないぞ......」と思ったのですが、かくいう私ももっぱらキャラミス、ライトミステリばかり読んでいるので、あんまり大きな声で人のこと言えない.......。
でも、そんな私だからこそ胸を張って言えることもあるのです。
このディリュ―ジョン社の夢のようなサービスを前提にしたミステリ、めちゃくちゃおもしろいな?????
キャラミス、ライトミステリって設定聞くだけでもわくわくするのに、それにさらにしっかりとしたミステリ要素もついてくるものだから、「もう、それ、美味しいに決まってるじゃん」ってなるのです。
最後に。
あとがきによれば美月は、他のはやみね作品にも関りのあるキャラクターのようで。
幸せなことに作品もキャラクターもこれと言って思い当たらない私。
これから先、はやみね作品を読む楽しみが増えました。
もちろんどの作品なのか訊いたり、調べたりすれば一瞬だとは思うのですが、このわくわく感を大事にしたい......そして偶然出会った時のカタルシスを想像するだけでよだれが出そう......。