『感情8号線』 畑野智美
畑野智美さんの作品ということで文庫化を機に。
環状8号線沿いに住む、恋愛ごとに心悩ます女性たちを描いた物語。
今まで畑野さんの作品をいくつか読んできたのですが、その中でも群を抜いてぐさぐさと刺さる作品でした。
あまりにも彼女たちが冴えなくて憂鬱で。それでも私とまったく関係のない話だとは言い切れなくて。
吉田恵里香さんの『にじゅうよんのひとみ』とか渡辺優さんの『自由なサメと人間たちの夢』を読んだ時と似たような、刺さり具合。
バイト先の彼女がいる男性に好意を寄せていたり、彼氏からDVを受けていたり、結婚間近で隣の芝が青く見えてしまったり、夫に不倫疑惑があったり、なし崩し的に上司と不倫関係を続けてしまったり、母親の呪縛から逃れられなくなっていたり。
お話としては、何事もなく日常の一部として消化されていくような結末を迎えるものが多く、それでもきっと似たような悩みを彼女たちは抱き続けるのだろうな、と思わせるような諦観に似た仄暗さがある。
また同じ世界観での話なので、随所で東女人物たちが繋がっている。
あれほど深刻に悩みを吐露していた彼女が別の話では羨望のまなざしを向けられていて、そういった場面に出くわす度に「なんとなく冴えない、どこか不幸な気がする」感情はきっといつまで経ってもついて回ってくるものなのかな、と少し暗い気持ちになる。
だからといって、こういう雰囲気の物語が嫌いなわけではないのです。たぶん、どちらかと言えば大好物です。
物語の中の人物ではあるけれど、こういう話を読むと刃が突き立てられてぼろぼろになってゆくのと同時にどこか安心する。
なんだ、この冴えない感じがしてしまうの、私だけじゃないんだ、とか。
彼女の気持ちは分かるけれど、流石にここまではひどくないな、とか。
比較する何かがあって、初めて私の輪郭や立ち位置がはっきりとしてゆく感じ。
確かにとても明るい気持ちでなんて読むことはできなかったけれど、こういった気持ちをなかったことにして無頓着で生きている方が私にとっては辛い。
数ある中でいちばん印象に残っているのは、千歳船橋で暮らす亜実の話。
優しい彼氏とハワイでの挙式も間近、自身も晴れて正社員に、と順風満帆なはずなのにどこか不安に感じてしまう。
偶然出会った昔付き合っていた同級生やバイト先の同年代の女性の存在に心がざわついてしまう。
望むものはないはずなのに、不幸だ。
と亜実は言う。
亜実は家事が得意でないことを、今後の結婚生活の不安のひとつとしてとらえていて、婚姻届けを提出した晩のご飯を張り切ってつくるも、メニューは子供のお誕生日会みたいで味も見栄えもいまいちだった。
そうして衣が剥げてしまっている唐揚げを口にした時の彼の台詞にすっと体温が下がるのを感じた。
「失敗じゃなくて、これが実力じゃん」
「だって、頑張ってこれでしょ?」
「大丈夫。そんなに期待してないから」
この台詞だって、彼なりの優しさで、亜実のできることを精一杯やっていけばいい、できないことは一緒に、という意図が込められていることは後の会話からも分かる。
何気ない場面として描かれているけれど、そういうありがたい優しさにかえってじわじわと首を絞められていくような気分になる。
限りなく自信が幸せな立場にいると頭では分かっているのに、素直にその幸せを享受できない。
不幸だ、と大変だ、ということで一生懸命になっているバイト先の彼女たちのことを羨ましく思う感じ。
読んでいて、たまらない、と思う。
多分、そういった感情はどこに行っても何をしていても付きまとうものなのかもしれない。