『ウォーター&ビスケットのテーマ1』 河野裕 河端ジュン一
『サクラダリセット』シリーズと同じく、スニーカー文庫! イラストは椎名優さん! 能力もの! ということで、発売前から楽しみにしていた作品。
これまたシリーズ作品として、スケールの大きい物語になりそうな予感。
能力の使われ方が予想外なのはもちろんのこと、主人公が相も変わらず「頑固」でもう惚れ惚れする。
他の登場人物も痛々しいくらいに真っ直ぐで、彼らの感情がどこに行き着くのか楽しみで仕方がない。
あらすじ
高校生の香屋歩が迷い込んだのは、8月が繰り返される街、架見崎。
そこでは各々が特殊能力を用いて、領地をめぐって戦争が行われていた。
その街で暮らすのは、すべて「現実世界」で生きていた人たち。
このゲームのような世界に、かつての幼馴染のトーマもいるに違いないと踏んだ歩は果敢にも他のプレイヤーと渡り合ってゆく。
臆病者であると自負する歩の戦い方と、闘うことを度外視した常識はずれな能力とは。
巡る8月と戦争
歩が限られた条件の中で得た能力の使われ方や、8月がループすることの生かされ方が本当に、期待の裏切りの連続で。
思いのほかチーム数も多くて、同盟だったり裏切りだったりはもちろん、みんなそれぞれこの「戦い」に参加することに信念を持っていて、どういう落としどころが用意されているのかまったく予想がつかない。
特に、本当に歩の能力。これは色々な意味でずるい。
まず、こんな能力を得るなんて予想しようがないし、使われ方も中々にずる賢い。
今回、この戦いを取り仕切る運営役がいるのですが、彼らの真意もまったく読めないどころか、怪しさすら感じてしまう。
どうやらこの作品、サクラダリセットの外伝としても想定されていたみたいで、運営役のひとりはサクラダの主人公だった、とか。
「ウォーター&ビスケットのテーマ」の裏話。
— 河野裕(文章の方) (@konoyutaka) 2017年9月5日
この小説、一時期サクラダリセットの外伝的な話になってました。当時の裏設定では、カエルの中身がサクラダの主人公でした。
もうすでにサクラダは全然関係ないですが、喋り方とかは同じ感覚で書いてます。 pic.twitter.com/WBrtHll1LX
サクラダは関係ないそうだけれど、もし浅井ケイ成分が残っているのなら、これ、運営サイドもなかなかにこじらせた事情があるのでは......。
そんなこともわからないまま、死ぬんじゃない
作中作として「ウォーター&ビスケットの冒険」の場面や台詞が何度か引用されるのですが、何のために生きてるのか分からないまま死ぬんじゃないって台詞、『ベイビー、グッドモーニング』での一幕を思い出しました。
いちばん最初の、半ば捨て鉢になった入院中の男の子の話。
そんな「ウォーター&ビスケットの冒険」の精神を継いでか、歩は自他ともに認める臆病者として描かれているのですが、臆病であることに頑固で、他作品の主人公との類似性を見出してしまう。
これ、話が進むにつれどんどん心酔していくタイプのキャラクターだ......経験則から私の勘がそう告げている。
ケイや七草に似てどこか反体制的だし......。
今回も臆病なくせに、というか臆病だからこそ、というかできる限りを救おうとして、慣れないことをしては苦しんでいる。
でも、その苦悩を決してさらけ出そうとはしない。
こういうひとりきりでなんでもやろうとするキャラクター、見ていていつか壊れてしまわないかと非常にどきどきする。心臓に悪い。
トーマの負けたくない勝負
歩がルールに縛られた街で戦い続ける動機にトーマの存在も大きくかかわっているのですが、この常軌を逸した信頼関係、どこかある種病的だと感じてしまう。
この歩とトーマの関係について、最後のシーンが特に二重の意味で衝撃的すぎて。
まずは、トーマの起こした行動。
これは完全に次巻への引きという意味で、次のお話がどんなふうに始まるのか気になる。
この起こした行動も、勝負に勝ちたかったからなのか、それともトーマなりの何かの感情故なのか、という真意も。
続いて、トーマと歩の勝負の勝率とトーマの本名。
これ、多分また巻を追うごとに心が締め付けられるパターンのやつだ......。
今回に限っては世界観や登場人物のひと通りの説明の要素がなかなかに多めだったので、眼前に並べられたパズルのピースがどのように組み上がっていくのか楽しみ。
サクラダリセットに関してはシリーズ完結してから出会ったので、リアルタイムで追いかけることのできるというのも、ちょっぴり楽しみな要素のひとつ。
これから刊行される作品の展開を、まだ作品に携わる人たち以外誰も知らないというのは、それだけでわくわくする。