ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『日曜は憧れの国』

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『日曜は憧れの国』 円居挽

日曜は憧れの国 (創元推理文庫)

 

 

 

 

カルチャーセンターの講座で出会った4人の中学生の成長を描いた5編の短編。

それぞれ生きづらさや悩みを抱えている少女たちは、講座やお互いのやり取りを通して少しだけ前を向ける力を得てゆく。

日常の謎、という形でミステリ要素もあるのですが、この少女たちの目線で語られる体験が本当によい。悩みに対して、目の覚めるような解決策が提示されるわけではないけれど、かけがえないのない「きっかけ」を胸に刻んでいく感じ。

傍から見たら何でもないような言葉や出来事だけど、そういう些細なものに少しだけ救われていくような。

古野泉さんの『放課後スプリング・トレイン』とか好きな人は、きっとこのお話も気に入るはず。逆もまたしかり。

 

『放課後スプリング・トレイン』 - ゆうべによんだ。

放課後スプリング・トレイン (創元推理文庫)

放課後スプリング・トレイン (創元推理文庫)

 

 

 

5編のうち、特に印象に残っているふたつについて。

まずは、『一歩千金二歩厳禁』。

 語り手である先崎桃は、明るいムードメーカー的存在。

 カルチャーセンターで出会った友人たちと、将棋講座に参加することに。

明るいキャラクターとして描かれていた桃が、心のうちでは何かと気を使っていたことが分かる。そして、それが裏目に出てしまうことにひどく悩んでいたことも。

いつもこうだ。誰かを思いやったつもりの行動が、ただの短慮に過ぎなかったことを思い知らされる。

 好意のつもりがかなしい結果しか生まない、というのは、本当に悲劇的だと思う。

けれど、ちょっと言葉が足りないだけで、想像力が足りないだけで、望ましくない方向へ転がってしまうということは、きっとありふれている。

私自身、もっと万能な言葉があればいいのに、とか、機械を思い切り叩いたら言いたいことが文字になればいいのに、と思うことがある。そんなつもりはなかったのに、相手にかなしい表情をさせてしまうことが。

 

桃は、将棋講座にて気をまわし過ぎて、その気遣いがかえって相手を傷つけてしまう。

もう少し、肩の力を抜いて生きてもいいのだと思う。それが正しいかどうかなんて、後になってみなければ分からないのだから。 

 

 

 

 

そして、『幾度もリグレット』。

 こちらの主人公は何事もそつなくこなすことのできる孤高の少女、三方公子。

頭がよく回り、世の中に溢れている回りくどいやり取りや言い回しに辟易していた。

大好きな作家の小説講座に参加し、物語の続きを書くという課題を与えられたものの、どのように続きを紡ぐべきか分からずにいた。

与えられた物語の序文には、暗に作家自身の今後の去就についての悩みが込められているように思えた。作家の大ファンということもあり、その答えとなるものを書こうとするも、どれも書いている途中で陳腐で嘘くさいものに思えてしまう。

そんな中、講座に通う同い年の千鶴の書いた文章が作家の心を打つ。

「しかし一方で反省するということは心が『次』に備えている証拠でもあると思うんです。頭が諦めていても、心はどうしようもなく次を信じている…...だから後悔は決して悪いことじゃないんです」

具体的なアドバイスではなく、ただ現状をそっと肯定することが救いになるのだということがとても心に残っている。どちらがいいか、というのは相手だったり状況だったりによって変化するけれど、出来るなら私はこんな風に言葉をかけてあげられるようになりたいと思う。

周りからアドバイスされたり、後悔ばかりしていると、まるでなんだか自分が何もしていないようで、そのことにさらに焦ったり落ち込んだりすることもあると思うのです。

 

公子にとって、千鶴の書いた物語の続きが作家の心に残ったというのは驚きだった様子。曖昧なものが気に入らなかった公子も、そういう言葉が必要な人が世の中にいるからこそ、存在しているのだと気が付くことができ、改めて自分で小説を書いてみようと思い立つ。

この、柔軟に前を向いていく感じ。小さな体験から思う方向に舵を切っていく感じがたまらなく好きなのです。

物語の起伏で言えば決して派手ではないけれど、靄が晴れて目の前で幾重にも道が広がっているのが見えるような晴れやかな気持ちになる。

 

情緒のない言い方をすると、あの食器用洗剤のCMとかで見る、油汚れのひどい鍋とかお皿に水を張ったものに洗剤一滴垂らすと、すっと油が分解(?)されるみたいな感じ。

 

 

 

 

物語全体を通して同じく講座に通う誰かに対する「羨望」という感情が、本当によく効いている。自分にはできない考えができるあの子が羨ましいな、と思うけれど、そんなあの子もまた別の誰かが羨ましいと思っていて。そういった「羨望」は少しだけ切なさもあってすごく綺麗だと思う。

それでも、「あの子」になることはできないけれど彼女たちなりに「正解と思えるもの」や「きっかけ」を掴んでいく姿が本当に眩しい。

今は、物語が終わった後の彼女たちをふんわりと想像するだけでなんだかあたたかく優しい気持ちになれる気がします。

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