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ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

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『青空のむこう』

感想

『青空のむこう』 アレックス・シアラー 訳:金原瑞人

青空のむこう

 

年末年始に実家の本棚を整理していた時に、懐かしかったり興味深い本の写真を何気なくTwitterにアップロードしてつぶやいたのですが、その中にアレックス・シアラー作品がありまして。

著者名はそこかしこで聞いたことがあったのですが、まさか自分が昔に読んだ作品のひとつも同著だとは思わなくて、ひとり感動していたのですが、幸いにもフォロワーの方におすすめ作品を教えていただいたので、さっそく読んでみた次第です。

 

 

 

 

 主人公は交通事故で急死してしまった少年、ハリー。

死者の国をふらふらと歩きながら、自分が死んだということを少しずつ自覚していく。

そこで出会ったハリーより150年前に熱病で死んだ少年、アーサーと出会い、誘われるままハリーのいた世界の様子を覗くことになる。

 

ハリー自身、死んでしまったことをはじめは軽く捉えていたのに、現実を見ていくうちに次第に後悔の念や口惜しさが混ざるようになる。それでも最後は希望のある結末だったのが印象に残っています。

 

アーサーと現実に降り立ったハリーは、学校、自分の家、と順に巡ることになるのですが、この間の気持ちの動きが矛盾しているようでどちらも共感できてしまう。もちろん死んだことはないけれど。

 

まず、学校に足を運ぶ際、ハリーはクラスメイト含め学校中が自身の死に悲しみ喪に服しているに違いないと「期待」するのですが、実際にはあまりにも淡々と死が消化されていることに腹立たしさを覚える。

ぼくは、みんなにとってそれっぽっちの存在なのだろうか、と。

親友だと思っていたクラスメイトは何かと目の敵にしていたクラスメイトと仲良くサッカーボールを蹴っているし、自分が使っていた机は知らない新しい生徒が座っているし、おまけにその生徒は仄かに好意を寄せていた女子生徒と仲良さげな雰囲気で。

ハリーの死できっとささやかながら世界が動くんじゃないかと思っていたところ、まるで自分が初めからいなかったみたいに普通に世界が進んでいることに肩透かしを食らい、その気持ちは妬みに変わる。

何気ないひとことだけれども、自分のポジションをすべてかっさらっていって新入生に対する”ただ生きてるだけじゃないか。”という一節がとてつもなく印象的。

ただ、生きているだけ。それだけだけれども、多分死んでいるということと生きているということは、それくらい大きくかけ離れている。

 

 

 

そして、喧嘩別れしてしまった姉の様子が気になるということもあって、次いで家族の様子を見に行くことになる。

そこでは、悲しみに暮れる家族の姿を目の当たりにする。笑みのない家に耐えられなくてなんとか家族を元気づけようとするけれど、もちろんハリーの声は届かない。

この、学校では死を悲しんでいることをどこかワクワクするような気持ちで望んでいたのに、家族が悲しんでいるのを見て、それは間違っていると気づく気持ちの動き。

感想の最初の方にも言ったけれど、矛盾しているようでどちらも理解できてしまう。

それでも天秤にかけるとしたら、どう考えても自分のせいで大切な人たちが前に進めないでいる方が嫌だ。自分の死なんてさっさと消化してしまって欲しいと願ってしまうだろう。

 

 

 

 

それから普段あまり海外文学を読まない、ということもあってちょっとしたアイテムだたり言い回しだったりがとても新鮮でした。

学校で「負の数」について勉強している場面で、そんなの習っていないハリーが「ネガ」は写真を現像した時にもらうやつしか知らない、と思うところとか。ネガティブか、なるほど、と。

海外文学と言えば「はじめての海外文学フェア」なるものがちょっと前に開催されているのを見かけて、ただちょっと手が出ないだけで気になってはいるのです。

SF沼の淵をぐるぐる歩いているというのもあって、海外SFもいくつか積んであるとかないとか。

 

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