『美亜へ贈る真珠』〔新版〕 梶尾真治
梶尾真治さんによる、表題作『美亜へ贈る真珠』を含む8篇からなる短編集。
『クロノス・ジョウンターの伝説』(積んでる)だったり、「エマノンシリーズ」(気になってる)だったり、梶尾真治さんの作品は前々から読もう読もうと思っていたのですがなかなか実際に読み始めることなくずるずると……。
今回は、SF短編集、それも『君の名は。』や『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』など流行した作品の原点とも言えるという帯の謳い文句に惹かれて。
ちょっとした恋愛要素や人の感情が絡んだSFがとてつもなくすきなのですが、まさに『美亜へ贈る真珠』がどうやら時間恋愛SFの祖となる作品のひとつのようで。
巻末によれば初出が1971年と40年以上も前なのに、今読んでもなんら色褪せていないのがすごい。私にとってはこてこてのハードSFよりもそういったちょっとしたドラマ要素がある作品の方が今まで触れてきた数が圧倒的に多いので、この『美亜へ贈る真珠』がなければその数多の作品も生まれてこなかったかもしれないと思うと......初出当時の生の衝撃を味わうことができないのがとても口惜しい。
あれです。
ライトノベルの祖と言われる笹本祐一さんの『妖精作戦』が刊行された当時の衝撃を味わう事ができない、のと同じくらい口惜しい。
8篇ある物語のうちから、特に印象に残っているものの感想をいくつか。
※以下、所々内容や結末に触れています。未読の方はご注意ください。
『梨湖という虚像』
宇宙の中の孤独な観測星を舞台にした物語。
私個人の話で言うと新海誠さんの『ほしのこえ』が大好きというのもあって、途方もつかないくらい程の距離を隔てた相手を思う、みたいな設定がとてつもなくすきで、御多分に漏れずこのお話も設定だけでご飯食べられちゃうくらい。
(もちろん、本来、正しい時間の流れから言えば今回の梶尾真治さんの作品が世に出たのが随分先なんですけどね)
虚像ではあれ、梨湖は永遠を手に入れることになるのですが、主人公がどんな思いで今後の梨湖たちを見守っていくのかと思うと、切なさ過ぎてため息が漏れそうになる。
梨湖がひとり抱き続けていた思いも、それを傍で見ていた主人公のまなざしも、孤独な有人観測星という舞台をもってとてつもなく綺麗なものに昇華されていて、見たこともない場所なのに思わず情景を思い浮かべてしまう。
『"ヒト"はかつて尼那を……』
高度な文明を持つ他の生物に人間が滅ぼされてしまった後の地球で唯一生き残っているヒトを巡る物語。
これに関しては、たまらなくすきな台詞があるのです。
「ドロップスです。子供たちのために……」p.185
思わず鳥肌立ちました。
大きな伏線回収だったり、どんでん返しだったり、そういった台詞ではないのですが、異星人の少年、パンチェスタのヒトに対する台詞なのですが、このパンチェスタなりに精一杯ヒトのために未来を慮っているのが健気で健気で。そして、何よりも優しい。
現実的なことを言えば、きっとそのドロップスはほとんど役に立つことはないのだろうけれど、それでも無垢にもヒトのために未来を信じている。
『時尼に関する覚書』
帯にあるように、おそらく『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の原点となる作品。
『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の著者、七月隆文さんがこちらの作品を実際に参考にしたかどうかは分かりませんが、こちらの物語はひとつの指輪が重要なキーアイテムとなっていて
かくて、完璧に時の環は、閉じられた……。p.227
という終盤の一文がもたらす余韻に息が漏れる。指「輪」の受け渡しをもってして、時の「環」は閉じられる。
遡時人(そときびと)という表現もすごく馴染んで、これから『ぼくは明日、昨日のきみとデートする』の映画ポスター等々を見かける度に、ふわっと頭に遡時人の文字が浮かんできそう。
(……次こそはちゃんと『クロノス・ジョウンターの伝説』を読みたい。)