『桜風堂ものがたり』 村山早紀
村山早紀さんによる、ある一冊の文庫作品と書店をめぐるものがたり。
直近の作品ということもあってか、村山早紀さんの『ルリユール』の印象が強く残っていて、今回も本にまつわるものがたりということで、こうして手に取るのを楽しみにしていました。
古い百貨店内に店を構える銀河堂書店にて働いていた月原一整は、とある万引き事件をきっかけに今までの職場を離れることに。
全面的に推して売り込んでいきたいと思えるような素敵な作品の発売を間近にして、慣れ親しんだ書店を辞めざるをえなくなった一整はひどく傷つきながらも、人の縁に導かれるように桜風堂書店に足を運ぶことになる。
その小さな書店での出会いをきっかけに一整は自分にとっての書店や物語の在り方を再認識してゆく。
まず登場人物たち皆、書店や物語が好きで好きでたまらないのだな、というのが伝わってきて、彼らが本について語る場面に出くわす度になんだかこちらまで嬉しくなってしまう。
そして、そんな物語を愛して止まない人たちが形は違えど今回も物語によって救われてゆくのに、本当に本当に胸が暖かくなる。
特に最後の場面。
一整含め、本を愛する人が心を込めて一冊の本を読んでもらおうとするはたらきが、最終的にはその著者自身も救ってしまうとは思わなくて。
「誰かのために言葉を使う」ということ。
誰かのために、と放った言葉がちゃんと誰かの心をうち、その誰かがまた別の誰かに、と繋いでくれるということ。
私はこうして何気なく物語を読んでいるけれど、物語に触れる度に私自身を少しずつ変えてゆくというのは、実は思っている以上にとてつもなく凄いことなのでは、と改めて思う。
少し大袈裟な言い方にはなるかもしれないけれど、私も私なりに誰かのために言葉を使っていきたいな、と思う。
作中の登場人物のように小説として残すということではなく、例えば私が「楽しい」「美味しい」というだけでそれが誰かの生きる意味に成り得ることを、私は今まで色んな物語から教わってきたはずだ。
それから、書店が誰かの居場所になる、という雰囲気がとてもよい。
今まで働いていた書店を追われた一整だけでなく、親の元には居づらい少年、地元の人たち、はたまた迷い猫にとっても、小さな桜風堂書店が掛け替えのない居場所になってゆく感覚が本当にすき。
なんていうか、それぞれ桜風堂書店に求める温もりだったり、在り方は少しずつ違うのに、そんなまなざしが桜風堂書店を作り上げてゆく感じがたまらないのです。きっと、なくても生きていけるけれど、なくなったら何もかも立ち行かなくなってしまうような。
多分、桜風堂書店を必要としている人たちがただそこで胡座をかくだけでなく、別のまた誰かのためにという思いが支えになっている感覚。
例えば、一整は祖父の身を案ずる少年のために、少年は迷い猫のために。
もちろんそのためだけではないけれど、誰かのために、という思いが大きな柱の一つになっている感じが自然とたくさんの人を救ってゆく。
また、一整が抜けた後の銀河堂書店の面々の、一整が気にかけた本を全力で売ろうとするはたらきかけがすごく格好良い。
仲間のために腕を振るうヒーローやヒロインみたいだと思った。
シンプルではあるけれど、このいっちょやってやるか、感。
すきです。
この物語も、より多くの誰かの掛け替えのない何かになればよいな、と切に願う。
きっと物語が好きな人なら、心に留めておきたくなる場面や言葉がたくさんあると私は思うのです。
別にそれが大きくなくても、たくさんでなくてもいい。
書店員の心を込めたPOPと、比べたら私の感想文には些細な力しかないけれど、ここに足を運んでくれた人が少しでも「読んでみよう」と思ってくれたら、嬉しいな、と思うのです。