『少女ABCDEFGHIJKLMN』 最果タヒ
最果タヒさんの小説。よい。
何がとかどのようにとか、語るに適切な言葉を選べないのだけれど、よい。
私の中では、舞城王太郎さんの小説を読むときに使うスイッチと似たようなスイッチを使います。
最果タヒさんの詩に登場するような、ぼくとかきみとか世界とかが、色や匂いや名前を持って、手足が生えて根が伸びて葉を広げて。
4つの小説から構成されているのですが、どれも私を落ち着かなくさせる。
もともと、最果タヒさんの詩がたまらなくすきで、別に他の誰かがどう思っていようとそんなことはどうでもいい、くらいすきなんですが、詩のような思わず書き出してどこかに飾っておきたいことばが、あちらこちらから顔を出すのがたまらない。そして、それらが集まって、私の想像の及ぶものとは違うまた別の顔を見せるのが。
全体的にSFの匂いがするのも、よい。
『きみは透明性』
ネットワークを使って気軽にキスマークを飛ばすことができる世界で、電子化された瞳で見ることのできるキスマークまみれで顔が見えなくなった姉のキスマークをなんとかしたい私。
きみの無視が、きょうからすこし、苦しくって心地いい。 p.18
他の3つの物語に比べて短く纏められているものの、キスマークの消し方やキスマークに向けるまなざしの行方が淡くてよい。
今はまだ透明だけれど、きっといろんなことを覚えていろんなことを忘れながら、無意識のうちに色付いていく。透明そのものに意味なんて無いけれど透明であることには、きっと。
『わたしたちは永遠の裸』
人を殺したら、その人を身籠ることになるんだって。殺した人は、産まれた子どもを愛せずにはいられないし、殺された人は成長しながら殺されたということを思い出していくんだって。そんな都市伝説。
自分が死んでしまったということを、美しいことにするには、誰かが愛してくれねばならず、それでいて、依存すらもしてもらわなくてはいけない。 p.72
他の女の子と付き合っている幼馴染の男の子を殺して身籠ってしまいたい女の子。都市伝説を調べるうちに、欲望と愛に境を引くべきなのか、同質のものとするべきなのか、ぐるぐると。
でも、何かにはた気付くのは、そんな思索の果てではなくて、もっと現実的な出来事によるもので。
『宇宙以前』
雰囲気でいうならば、いちばんお気に入りのお話を挙げるならば、私はこれ、です。
今日の湿気た空気の中で甘さはどうしても欲しくないと思った。 p.111
天文に関するあれやこれが排斥された国の物語。
サンテグジュペリの書く物語がすきなので、空とか宇宙とかそういうものに弱い私。というより、空に魅せられた誰かの話に。
他の誰かと違うことって、優れていると言われることって、そんなに誇らしいのかな。
『きみ、孤独は孤独は孤独』
愛は、麻薬のようなもので快楽を与えることで生成されるもので、薬品を飲まずして愛を証明するために自殺するんだって。
愛し合うことが愛情じゃないのだろうか、一方的な愛情? それはただの暴力ではないの? p.169-170
登場するいろんな人たちが、いろんな愛を語るのだけれど、たぶん、誰かがそう感じたのなら愛って呼んじゃえばいいよ、と私は思っている。
大義名分だとか快楽だとか、そういうものを考えても答えは出ないのだし、世界は愛で溢れている、そういうことにしてしまえばいいよ、と。
でも、多分、愛は素晴らしくてはかりきれないほどの価値があると信じていたい人が多くて、きっと愛を語りながらもかなしくなってしまうのだと、ふと思う。
最果タヒさんの詩がすきな人はもちろんこの本も読むべきだし、そうでない人も、書店で手にとってあとがきを読んで、「これ以上はたまらない」と感じたのなら読むべき。
私にとって、そんな本でした。