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ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『僕が愛したすべての君へ』

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『僕が愛したすべての君へ』 乙野四方字

僕が愛したすべての君へ (ハヤカワ文庫 JA オ 12-1)

 

 

『君を愛したひとりの僕へ』と同時刊行の作品。

感想はこちら。 

 

 

 

両親が離婚してしまった主人公の、母親と暮らす世界と父親と暮らす世界を描いた作品。

なんというか、こういうパラレルワールドみたいなしかけがすごい私の好みにどんぴしゃでたまらず手に取ってしまいました。

 

どちらから最初に読み始めようか、迷ったのですが早川さんや著者さんのTwitterでのつぶやきを参考に、こちらの、母親と暮らすことになった世界のお話を最初に読んでみることにしました。

 

 

 

 

並行世界の存在に対する理解が普遍的になった世界で、果たしてどこまでが「自分」なのかを見つめ直す物語。

並行世界間の小さな移動は知らない間に日常的に起こっており、意識が入れ替わってしまうことによって生じる差異はごくわずかなため普段私たちはそれを感知することはできない。

ウェアラブルの装置に表示される6桁の数字の大きさによって自分がどれだけ元の世界(ゼロ世界)からずれているのかを知ることができる。

 

まずこの装置、物語の序盤からいきなり登場するのですが、私の頭の中に『STEINS;GATEシュタインズ・ゲート)』という作品に登場するニキシー管でできたダイバージェンスメーターという装置が浮かんでわくわくが止まりませんでした。

 

 

 

主人公の暦は特に仲の良いわけではなかったクラスメイトの和音という名の少女から声をかけられる。

「今」の彼女は85番目の世界から来たと和音は言う。

日常的に起こるずれは1か2程度なので、ゼロ世界の暦と和音の関係に大きな変化は起こらないのだけれど、85番目の世界では暦と和音は恋人同士だと言う。

向こうの世界での「暦」はもっと男らしい人だ、と語る85番目の世界から来た「和音」。

果たして、どこまでが「僕」でどこまでが「和音」なのか。

 

 

 

並行世界というわくわくする題材を扱った、少し考えさせれるような、最後には優しい気持ちになれるようなお話でした。

例えば最愛の人が目の前にいたとして、急に一つ隣の世界と入れ替わってしまったら、その人を同じように愛することはできるのか。

もし、愛することができるのだとしたら、そのまたもうひとつ隣は。

数値を表示する装置がなければいつ入れ替わったのかも分からないという不安にも似た思いとどのように付き合っていくのかが描かれていて、何か大事なものができてその思いが深くなればなるほど、並行世界の問題は深刻になってしまうというのが少し酷だな、と思ったり。

それでもちゃんと暦は最後には折り合いをつけることができてよかったな、と思う。

......私の場合、暦の選んだ選択や言葉はとても綺麗だと思うけれどその言葉に私の覚悟が追い付かなさそう。

 

そして、和音、なんともお茶目な性格。

高校生の頃の暦と和音のやり取りを思い出して、とても微笑ましい気分になってしまう。

 

 

 

 

序章、あるいは終章 終章、あるいは序章 と名付けられた、今回の物語の最初と最後に添えられたお話に気になる部分がたくさん残っていて、きっと『君を愛したひとりの僕へ』を読めばわかると思うので、とても楽しみ。

 

 

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