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ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

2016年をおよぐ私の。

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いつの間にか新しい年が来たみたいです。

私が進んだのか、2016年の方から迎えに来てくれたのか。
季節の変わり目だとか節目だとかに心がいつもワンテンポ遅れてしまいがちです。
 
待って。
まだ許可してない。
まだ、来ていいよ、って言ってない。
と、いつも思ってしまいます。
 
 
多分、そのうち、知らない間に街道に梅や桜が溢れて私はきっとびっくりする。
そうして梅雨が来たかと思えば、勝手に夏がやってくる。
今年いちばん最初の蝉の声を聴いて、はた、とする。
あれ、もう夏なの?  と。
ゆっくりと変わる気候や日の長さは、ふくふくと感じることはできるけれど、桜だとか梅雨入りだとか蝉だとか、そういう季節をはっきりさせる何かに出会うと、どきりとしてしまう。
昼寝したら気持ち良さそう、ビニール傘くるくる回しながら歩いたら楽しそう、綺麗な川辺で遊びたい、そんなぼんやりとしたものにぱしっと輪郭を与えられるような。
そうか、夏、なのか。
 
目の前に見えるものをぱくぱくと追いかけておよいでいると、気付かぬうちに遠いところに来てしまう感じ。
私は魚ではないけれど、シャチやイルカにはなりたいと常々思っています。
なれないけれど。
同じ哺乳類なのに。
せめて彼らと泳ぐためのヒレが欲しかった。
バタフライと背泳ぎは沈みがちなのであまり好きではないです。
 
 
多分、何をするにもことばが先行してしまうので、削って切って貼って納得のいく形にしているうちに時間が流れてしまう。
待って。
 
 
きっと18きっぷと財布と好きな文庫本だけを握りしめてなんとなく電車に乗るような、「なんとなく」が足りない。
勇気だとか覚悟だとかそんな大層なものではなく。
 
 
 
 
そんな私の2016年の。
目標を立ててその通りにきっちりこなす、というのがとてつもなく苦手なのですが、今年はどうしてもしておきたいことがあるのです。
 
 
 

kakuyomu.jp

 

『カクヨム』で書き散らしたままの諸々をちゃんと形にしておきたいのです。

供養の意も込めて。

いろんな物語に触れるたびにコップの中に少しずつ何かが増えていって、あるとき何かをきっかけにふちからこぼれだしてしまう。

そうやってあふれ出すたびにあたりかまわず残してきた何かをそれなりに形にしておきたいのです。

 

先ほども書いたように、何をするにもことばが頭の中を巡る上で、中途半端に放ったままにしておくのは、なんだか座りが悪くて。

ちゃんと区切りをつけて、次に進みたいのです。

2016年も、2017年も、その先も。

誰でもない私のために、はっきりとしないぼんやりとした何かを物語に変えて形容しておきたい。
夏や恋や死や悲しみや友情やそんなひとことで、きゅっとまとめられたくない、天邪鬼な私のために。
 
書いて、形にして、
おもちゃ箱みたいに、お子様ランチみたいに、
しつらえておきたいのです。
ふとした時に迷わずに迂遠に悩まずに、笑みを浮かべてひとすくいできるように。
 
 
......ある程度形になったその時にこの場でお知らせできたらよいな、と思っています 笑

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