ゆうべによんだ。

だれかに読んだ本のことをきいてもらいたくて。

『記憶屋』

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『記憶屋』 織守きょうや

 

記憶屋 (角川ホラー文庫)

 

 

Twitterで見かけ気になっていたこの作品。

YouTubeでのPVの雰囲気もよい感じだったので、是非。

 


『記憶屋』織守きょうや 著 あらすじ動画 - YouTube

 

 

 

角川ホラー文庫から出ていますが、ホラーということばから連想されるような怖さや薄ら寒さはなく、とても読みやすかったです。

 

忘れたい記憶を消してくれる記憶屋。

そんな怪人がいるという都市伝説がまことしやかに流れる。

 

主人公の大学生の遼一は、思いを寄せていた杏子がトラウマとともに自身のことも忘れてしまったのを機に、記憶屋の正体を追い始める。

 

真相を探る中、様々な理由から記憶を失った人たちと出会う。

死んでほしくないから。

関係を壊してしまいたくないから。

 

そんな人たちに出会う度、遼一は自問する。

どんな記憶であれ乗り越えていくべきだと主張する遼一は、記憶を消して穏やかに暮らす人と、また、記憶を消されてしまった人の周りにいる人と出会う度頭を悩ませる。

 

果たして、記憶を消してしまうことは正義か悪か。

 

 

 

 

きっと、杏子先輩のトラウマを解消しようとした努力はおろか、自身の存在さえ忘れ去られてしまったことが大きく、遼一は記憶を消してしまうことに否定的なのだと思いました。

もちろん、その他にも理由はあれど。

 

 

きっと、記憶を消してしまうことに絶対的な善悪はないのだと、読んでいて思いました。

正しいのか正しくないのか、というのはおそらく自分の考えを後押しするものでしかないと思うのです。

正しい、正しくない、と考えているといかにも大義名分を掲げて裁いているような気分になってしまう。

ただ、今回の記憶を消してしまうことに関してはエゴの部分が強いと思うのです。

ただ単純に嫌悪感を感じるか否か。 

 

 

私だったら、どう思うか。

 

例えば私の身近な人が、大切な人が消したい記憶を抱えていたとしたら。

迷いもせずに、そんな記憶消してしまいなよ、と言ってしまうと思う。

たとえ、私自身の存在が忘れられたとしても。恨まれたとしても。

 

 

逆に私自身がそんな記憶を抱えていたとしたら。

今まで幸いなことにそのような記憶を抱えてないからこそ言えるのかもしれないですが、きっと、記憶屋は頼らない。

天邪鬼、なのかもしれませんが、そんな便利なもので楽になってしまおうという都合のよさがなんとなくいやだ。

たぶん、そんな都合のよさに甘えてしまう。

 

 

 

 

善悪は抜きにして、記憶や感情等、かたちのないものを今よりもずっと簡単に扱えたら、その世界は生きやすいのかな、と思いを巡らせてしまいます。

 

 

 

 

 

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