正直に言うとこのシリーズに手を出すかどうかかなり前から迷っていました。
河野裕作品の『いなくなれ、群青』、サクラダリセットシリーズの澄んだ感じや単純に好きや嫌いでは割り切れない他人に対する感情を丁寧に言葉にしていく文章が本当にたまらなくて、自分自身の人生に大きく影響を及ぼしているといっても過言ではないくらい。
この北野坂探偵舎シリーズが出ていることは以前から知っていたのですが、文庫の帯のコメントや幽霊が出てくる設定を読んだ時点ではあまり食指がきませんでした。
コミカルな作品で河野裕作品の好きな部分に重点が置かれていなかったらどうしよう……それでも好きな作家の作品はできるだけ読みたいのでおそるおそる手に。
舞台は神戸の北野坂にあるカフェ、徒然珈琲。
そこで探偵業に関する依頼、主に幽霊に関する依頼を中心に引き受けている元編集者の佐々波蓮司と小説家の雨坂続。
そこに高校三年生の小暮井ユキから、死んでしまった親友に関する本を探して欲しいという依頼が入る。
普通の推理小説と違うのは、いわゆる探偵役である雨坂続は手がかりから真相を推理するのではなく、佐々波が集めた情報――設定をもとに物語を紡ぐ。
ああ、よかった、これは河野裕作品だと思えたのは、あくまでも雨坂続は依頼者にとって、関係者にとってハッピーエンドとなるような物語を紡ぐこと。
本文の中にもハッピーエンドとバッドエンドの違いについて語るシーンがあるのですが、その違いは作者がどこで物語を中断させるかの違いであると語られています。
一見、ハッピーエンドでもその後何が起こるかわからない。
一見、バッドエンドでもその後何も起きないとは限らない。
「でも、幽霊がいるなら話は別だ。主人公が死んでもなお、物語は続いていく。上手くすればハッピーエンドに持ち込めるかもしれない」
(中略)
「僕はそれをしたいんだよ。バッドエンドを迎えた人々の、さらに続きを語りたいんだ。
p194,195抜粋
雨坂続は他の河野裕作品の主人公と同様に淡々とした語り口調ながらも、それがごく当たり前のように他人の幸福を願い、理想は美しくあるべきだと信じている。
(以下、ネタバレあります。未読の方、ご注意ください)
ユキが親友だと思っていた人物は実は2人存在し、兄である星川唯斗の死の間接的な原因がユキによるものだと告げようとする奈々子の幽霊に対して雨坂が語った物語の結末がすごく綺麗で。
唯斗がユキに抱いていたものは恋愛感情なんかではなく、星川唯斗が護りたかったものは彼にとってハッピーエンドを象徴する学校であり、ユキの平穏でありきたりな日常のすべてだと語られる。
あくまでも設定に相違ないように紡がれたフィクションであり、真相は誰も知りえない。それでも結末は誰にとってもやさしくあるべきである。
星川唯斗は自分自身の幸せを度外視したうえで純粋にユキの幸福を願う。
河野裕作品のこういう雰囲気が好きな私にとっては、この結末はすごくたまらなくて。
既刊すべて即買いです(笑)
最後に紫色の指先やノゾミの存在など次回に繋がりそうな気になる情報が出てきます。
雨坂がこれからどんなストーリーを紡いでくれるのかすごく心待ちにしています。