『ノエル ーa story of storiesー』 道尾秀介
「人間にとって本当に必要なものは、本当に大切なものは、いつまでも飽きることのない何か。いつまでもなくならない何か。そして、自分がこの世に一人ぼっちではないということを信じさせてくれる何かなのです。」
ーーp105
何を配っているのか問われたサンタクロースの回答の一部なんですが、一人ではないと信じさせる何かって言い回し、良いなー、と。
「暗がりの子供」
先ほどの圭介と弥生の絵本を手にした女の子、莉子が主人公のお話。
絵本の主人公真子の少し不幸な境遇に自分を重ね、イマジナリーフレンドとして真子と会話するようになってしまう。
絵本の中に、ばらばら穴というものが出てくるんですが、河野裕さんの『いなくなれ、群青』で出てきたみたいなどこにも行けないものが集まる場所。
ちびた鉛筆や落書きされた本やコーヒーカップの持ち手。
莉子自身、足が悪く体型も太り気味なことをコンプレックスに感じており、新しく生まれてくる妹に比べたら、両親にとって自分や入院中のおばあちゃんは、この穴の中に“いる”ものたちと同じような存在なのではないかと不安になってしまう。
真子と会話する中で、真子にそそのかされ、現実を歪曲してとらえなかったものとしようとする。
道尾秀介作品、すべてを読んだわけではないですが、今作はすごく嫌な雰囲気をただよわせ漂わせながらも、最後は柔らかく収まる話になっています。
莉子は絵本の話に救われ、最後には現実を前向きにとらえるようになります。
自分は小さい時、どんな絵本読んでいたかな、と。
莉子は小学生なので、完全に絵本、というよりは絵の多い児童書、という感じだと思います。
小学生の頃、「わかったさん」「こまったさん」シリーズ結構読んでたなー、
(多分『わかったさんのプリン』の)こんぺいとうの弾を撃つギャングがお気に入りのキャラでした。
「物語の夕暮れ」
妻に先立たれてしまった老人の話。
ひょんなことから昔自分が住んでいた頃の家に新たに買い手がついたことを知り、児童館で子供向けに読み聞かせをする生活の傍ら、自身の生家と妻との出会いに思いを馳せます。
若いころに自作した自己を投影させた物語を、妻に、そして目の前の児童たちに読み聞かせる形で話が進んでいきます。
新たな買い手というのが、圭介と弥生たちであり、児童たちの中には莉子の妹がいるのですが、踏み込んだ関係は最後の「四つのエピローグ」で語られます。
若い頃は、自信のない自分でも子どもを残したり、生徒から尊敬され感謝されるような教師になったりすることはできるだろうと思っていた主人公。
ただ、実際は思うようには行かず、自分の唯一の生きる理由であった妻にも先立たれた今、身の回りの関係をすべて清算し、周囲に向けた明るい態度の裏で主人公は自殺を決意します。
思い出と現在をつなぐキーのひとつとして、月桂樹の葉っぱが出てくるのですが、その匂いを「ガムの味」と表現していたので、どれどれと料理用の月桂樹の葉っぱ(ローリエ、ローレル)を取り出して実際にかいでみました。
ただ、自分はどうしてもガムっぽいとは思えなくて(笑)
ガムみたいな、確かにすっきりとした感じはあるんですが、その中にもちゃんと植物の青臭さも混じっていて。
何より、もう、ローリエの匂い、という印象が定着してしまっていたので、もしかしたら乾燥させる前ならもっとみずみずしい匂いなのかな、と気になります。
話は戻りますが、生きる理由唯一の理由が妻っていう感じ、分からなくもないな、と思いました。
本当に自信がないときって、自分の中に存在理由を見出せなくて、他人との関係の中になんとか存在理由を見つけようと依存しがちになってしまう。
そしてこの話、最後に飼っていたインコを逃がした後、練炭自殺を図り、自作の物語のように他人にとっての「なにか」になりきれなかった自分の人生を悔いながら意識が遠のく場面で終わります。
「四つエピローグ」
そして最後にすべての物語をつなぐ物語。
実際に具体的に描かれているわけではないのですが、自殺を図った後、莉子の妹、真子の発見により助けられます。
そして、この老人こそ、圭介の恩師であり圭介が物語を書き始めるきっかけとなった人物であると明かされます。
何もない、と思っていた主人公ですが、最後には圭介から贈られた自身の本が送り届けられ、真子と仲の良い児童館の職員2人に囲まれ明るく会話している場面で終わります。
総じて、どの話も暗い出だしですが、最後には物語によって救われていき、それどころかすべてがゆるく繋がります。
どの主人公も物語を通じて、人とのつながりを通じて、幸せとも愛とも驚きとも喜びとも思い出とも呼び得る、“一人ぼっちではないと信じさせてくれる何か”を見出していくのです。