『天久鷹央の推理カルテⅡ ファントムの病棟』 知念実希人
あれです、病室にあらわれる天使と言っても、白衣の看護師さんとか、表紙イラストの童顔のお医者さんとかのことじゃないです。
病室に天使が現れるのです。
より正確には、天使の姿が、現れるのです。
前作の『天久鷹央の推理カルテ』から続く“ライト医療ミステリ”。
ちなみに表紙の女医さんが統括診断部長として「診断困難」と判断された患者を診断する、天久鷹央。
「診断困難」とは名ばかり、統括診断部に紹介される患者のほとんどが、
クレーマーや言うことをきかない「面倒」な患者。
そういった患者の対応をするのは、鷹央の部下である小鳥遊。
時々現れる医療的に診断困難な患者に対して、鷹央は持前の知識を生かしてその「ナゾ」を解き明かしていく。
鷹央はそれこそ医学的な知識は豊富であるものの、歯に衣着せぬ物言いから、あまり対人関係を穏やかに築くのは得意ではない。患者に対して平気でお前と言ってのけるほど。
そんな鷹央に呆れながらも、医者としての実力には一目置いている小鳥遊は緩衝材として、あるいは鷹央のお守り役として鷹央支えながら、「ナゾ」に向き合っていく。
キャラがしっかり立っていて、主要キャラクター同士の会話は基本コミカルでテンポよく進んでいくのでとても読みやすいかと。
医療ミステリというと、大学病院での覇権争いがー、とか、耳慣れない専門用語が‐、とか、やたら患者が死ぬ、というイメージがあるかも知れないけれど、このシリーズは、特に前作は非常に柔らかい感じなのでさっくり読み切れると思います。
とりあえずざっくりあらすじから。
今回は主に3編から構成されています。
トラックの運転手がコーラを口にした際に違和感を感じ、そのまま意識を失い交通事故を起こしてしまう。ところがコーラを検査しても毒物は一切検出されずに、逆に運転手の自演が疑われてしまう。
病院で輸血用の血液が盗まれる事件が頻発し、現場に残された血液パックには必ず人の歯のようなもので食いちぎられた跡があり、まことしやかに吸血鬼の存在がささやかれる。
ある少年患者が病室で天使を見たと主張し始める。それと同時期に、退院間近の患者が次々と原因不明の体調不良に倒れ始め、終いには心臓が一時停止してしまうことにまで。果たして天使と体調不良の因果関係は。
以下、ネタバレを含む感想です。
未読の方、ご注意ください。
まずはコーラの話。
実は患者は糖尿病で、娘によってダイエットコーラにすり替えられていた、という話。
飲み慣れていないと分からないと思うんですけれど、確かにカロリーゼロ系の飲み物って通常の商品と少し味変わりますよね。
専門用語が少し飛び交うんですけれど、オチとしては身近で分かりやすかったかな、と。
糖尿病患者が血糖不足で意識を失う、というくだりで、最近読んだ綿矢りさの『ひらいて』にも低血糖で注射器が手放せない女の子が出てきたな、とふわり。
次に吸血鬼の話。
吸血鬼騒ぎが起きた病院の院長は身寄りのない認知症のお年寄りの事を収入源としかみなしておらず、その待遇を見かねた看護師が起こした自演、というオチ。
ニュースでも家庭内で認知症患者を縛り付ける等々報道される昨今。“家族”であったとしても世話をすることは手を焼くどころではなく、それこそ身を捧げるほどに苦痛で、そこにお金のにおいをかぎ取ることは悪とは言い切れないけれど、そうするとそもそも介護ってなんだっけ? と思ってしまう。
多分、そう思ってしまうのは、甘っちょろい。
最後に天使が現れる話。
この章では珍しく鷹央先生の己の、医療の無力さを吐露する場面があるのですが、どの分野にも限らず無力感を感じる時ってありますよね。
何も、職業的なことに限らず。
そこに他人のためという感情が混ざると殊更やるせない。
誰かのためにこうでなくてはならないのに、とても及ばない。
そういう無力感との付き合い方って何が正しいのかな? とふと思う。
なんか全体としてどんよりとした感想になってますが、シリーズに登場する鴻ノ池舞ちゃんがすごくいいキャラしているので次巻以降の登場を心待ちにしている次第!